名馬タイトルホルダー生産者・岡田スタッド代表の岡田牧雄氏が明かす「凱旋門賞」参戦の舞台裏
エフフォーリアには勝てない
青写真通りにつかみ取った2つのタイトル。しかし、日本の競馬は中距離が主流だ。ステイヤーの血は、それほど強く求められない。そこで、岡田氏らは中距離GⅠのタイトル獲得を次のターゲットに据えた。当初は、国内に徹するプランだったという。
「当初、天皇賞・春を勝ってからはもう一度、北海道に帰って夜間放牧で成長を促し、秋に古馬の中距離GⅠを3戦するつもりでした。この馬は4歳より5歳の方がより強くなると思っていましたから。その一方で事前登録していた凱旋門賞に参戦するプランもありました。そんな中、私が秋の国内路線を重視したのは馬の成長曲線もありましたが、エフフォーリアの存在も大きかった。あの当時の中距離路線は、間違いなくエフフォーリアが主役で、すでに宝塚記念参戦を表明していたエフフォーリアには勝てないと思っていたのです」
タイトルホルダーにとってエフフォーリアは、同期のライバル。その相手は皐月賞馬で、秋は古馬路線にぶつけ、天皇賞・秋で3冠馬コントレイルを撃破すると、返す刀で有馬記念も制覇し、中距離路線の頂点に立っていた。4歳初戦の大阪杯は落としたが、宝塚記念は巻き返し必至。岡田氏はライバルとの再戦を避けるつもりだったが、そこでもまた誤算があったという。
「凱旋門賞に参戦するにあたって管理する栗田調教師からひとつの提案がありました。『もし宝塚記念でエフフォーリアを破ったら、凱旋門賞に挑戦してもいいですか』と。それに『分かった』と答えると、その宝塚記念は番手から抜け出す鮮やかなレコード勝ちでしたから、凱旋門賞参戦が決まったのです」
名馬の裏にドラマありとは、まさにこの馬のことだろう。話し合いの流れによっては、歴史的なレコード勝ちとなった2年前の宝塚記念も、そこから連なる凱旋門賞参戦も、ひょっとするといずれもなかったかもしれないのだ。
■引退論をはねのけ、JCと有馬記念で花道を
岡田氏はかねて凱旋門賞の馬場は日本の馬に向いていないと語っているが、その懸念に追い打ちをかけるように凱旋門賞の直前は大雨に見舞われた。スピードタイプの日本馬には、より不向きの馬場となる。
「いま振り返っても、あの凱旋門賞参戦は、この馬にかわいそうなことをしたと思います。ダメージが強かった。帰国してみんながうまくケアしながら頑張ってきたけど、連覇を目指した天皇賞・春では競走中止を余儀なくされてしまった。馬の疲労はピークでした。すぐにでも福島のノルマンディーファームに戻したかったけど、馬運車に載せることもできませんでした。何とか馬運車に載せられるくらいに回復したのは1週間後です」
あのタイミングでの引退の可能性もあった。そうしなかったのは岡田氏本人の思いだった。
「周りの人には引退を勧められましたが、今度はオレが『この馬の実力はこんなもんじゃない』と思って、花道を飾らせてあげたかったし、何とかJCと有馬記念を取りたかった」
引退レースとなった昨年の有馬記念は逃げて③着。全盛期を彷彿とさせる粘り腰だった。最後に岡田氏が言う。
「この馬の心肺機能はケタ外れだけど、本質的な体質は強くはない。性格的には繊細で一生懸命だから、大レースの後に疲れが出ることがあるんです。でも、ドゥラメンテが亡くなったいま、この血は貴重。種牡馬として心肺機能の強さを伝えてほしいですね」
また新たなドラマが始まる。