まっとうな幸せとは何かを考える本特集
「ビジネスマンのための『幸福論』」江上剛著
「山のあなたの空遠く『幸』住むと人のいう……」。ドイツの詩人カール・ブッセが「幸福の正体」を看破した詩である。幸せとはいったい何なのか。はたして万人に共通する幸福など存在するのだろうか。元銀行員の作家、ラジオDJ、京大卒のニート、脳科学・ロボット工学者ら、多彩な著者陣が説く「幸福論」を集めてみた。
ビジネスマンの幸せとは「出世すること」だと言いきれるものだろうか。その疑問に多くの実例を挙げて、ビジネスマン渡世の「心の在りか」を教えてくれる本が、作家・江上剛氏の「ビジネスマンのための『幸福論』」(祥伝社 780円+税)だ。
江上氏は第一勧業銀行(現在のみずほ銀行)に26年間勤め、支店から本部、開発部、人事部、広報部へと出世街道を上っていた。会社の不祥事「総会屋事件」を処理するべく奔走し、管理職も務めたが、49歳で退職。作家への道を歩み始めた。
自身の紆余曲折と激動の銀行員生活を振り返りながら、「ダメ上司」「派閥闘争」「左遷や転勤」「不祥事やトラブル」に関するエピソードを紹介。実話に基づくケーススタディーは、企業に勤めるビジネスマンの世知辛い実情をあぶり出している。
著者いわく、出世とは「どっぷりと会社の価値観に染まること」。それが幸せならそうすればいい。ただ出世のみを目指して汲々とするよりも、会社で何をしたいか考えたほうがいい、仕事を楽しむ飄々とした生き方もある、と示唆している。
著者自身は、理不尽な指示をする上司には頑として首を縦に振らず、派閥争いではどちらにも与しなかった。経営陣の過去の失敗を把握していたこともあり、銀行内では厄介な存在だったのかもしれない。だが、派閥闘争や出世争い、学歴偏重が最終的には無意味だと達観していたようだ。
その証拠が、退職後の名刺整理。肩書や立場、影響力に期待しただけの人間関係はあっさり捨てたそうだ。今後も付き合っていきたい人はごくわずか。特に銀行の名刺はほぼ残らなかったという。
また、取材でハローワークへ行った話が極め付きだ。作家であることは隠し、身分を元銀行員として求職すると、相談員に怒られたという。人事部や支店長のポストや業績を羅列した求職申込書は、書き直しを命じられた。そんなものはクソの役にも立たないという顔をされたそうだ。
肩書を失えば“ただの人”。たとえ出世しても管理職になった途端、うつ病になる人も多い。役職定年で振り出しに戻り、“追い出し部屋”に送り込まれることも。定年後、家庭を顧みなかったせいで冷えきった揚げ句、友達もおらず、引きこもりに。
いま一度「何のために働き、何に幸福を感じるか」を自問してみてはどうか。