あなたの知らない中国を知る本
「性からよむ中国史」小浜正子、リンダ・グローブ監訳 秋山洋子ほか訳
時には親しみを覚えて手本とし、時には熾烈な競争相手として歴史のそこかしこに登場してきた隣国・中国。けれど、わかっているつもりでいても、まだまだ知らないことも多い。そこで、今回はふだん報道されない視点から中国を探った本を4冊ご紹介!
中国の性文化といえば、纏足や宦官などをまず思い起こす人も多いだろう。なじみのない性の風習だけについ奇異の目で見てしまいがちだが、その歴史をたどっていくと、その国の根底に流れている本質が克明に見えてくる。
カリフォルニア大学の中国女性史研究者であるスーザン・マンによって書かれた「性からよむ中国史」(小浜正子、リンダ・グローブ監訳 秋山洋子ほか訳 平凡社 2800円+税)は、聖書の考えに影響された西洋的なバイアスを極力排除しつつ、今までの中国史から抜け落ちていた性の視点から中国の変化を探っている。
19世紀の後期帝政時代の中国では、男性が国家を背負って社会で活躍する一方で、女性は家庭の中に徹底的に隔離された。父系継承のため男の後継ぎを必要としたため、男児に恵まれなければ妾をとり、妾は主人の正妻に服従すべきだとされた。上流家庭に仕える従者は一家の主人や息子から求められれば性の相手を務めるものとされ、男児を産めば使用人から妾へと昇格することもあった。貧しい家では望まれずに生まれた女児が殺され、結果として男女比がゆがみ、結婚できない男が増えた。
また、多くの人が人生の大半を同性と過ごすことから、同性同士の愛も共感を持って受け入れられる文化があり、同性愛が小説の題材としてしばしば登場している。
しかし20世紀になると、中国は強国を築くためのキャンペーンにおいて家庭内に隔離していた女性たちに社会に出て行くことを呼びかけ、女性の教育と有給雇用の流れが始まった。若い女性は制約の多い村の暮らしから逃れようと、都市で出稼ぎとして働き始めるが、そこでは性的ハラスメントや搾取に遭う。商業経済の発展とともに、性産業に従事する女性の人身売買や誘拐なども増加した。
本書を読むと、近年中国において社会の変化の中でセクシュアリティーやジェンダーに対する考え方が激変した一方で、一人っ子政策などに代表される国家の介入や父系継承の家族制度などは堅持されており、その矛盾があちこちに、さまざまな現象を引き起こしていることがわかる。
宗教が性の在り方に大きな力を持っている西洋に対して、性を厳格に管理して国家の安定につなげようと腐心する中国の姿が見えてくる。
「逆転の大中国史」楊海英著
中国4000年の歴史といえば、北方からしばしば野蛮な遊牧騎馬民族が襲来し、それを退けようと戦う漢民族側からの物語が語られている。しかし、それは中国史の一面。華北と華中の中原を中心としたローカルな物語でしかない、と指摘しているのがこの本だ。
ユーラシア全体から中国史を見てみれば、中国では漢民族だけでなくさまざまなルーツや文化や生活形態を持つ集団がダイナミックに交わり、繁栄と変容を繰り返してきたことが見えてくる。著者は、いわゆる「中国史」の問題点として、遊牧民や西洋列強や日本からの侵略という文脈からばかり語られる「被害者史観」と、また中国=漢民族を世界の中心とみなす「中華思想」を挙げる。
現在の中国が抱える民族問題や外交問題の多くは、この2つの問題点に根があり、宗教や他文化、他民族への無関心や強引な同化政策が、国際社会での中国の発展を妨げる足かせになっていると主張している。(文藝春秋 1550円+税)
「中国 虫の奇聞録」瀬川千秋著
中国における虫と人との関わりは、どのようなものだったのか。さまざまな文献をもとに、中国、特に漢民族における興味深い虫に対する認識を浮き彫りにしていく。
例えば、中国人はセミに対して日本人とはかなり異なるイメージを持っており、セミのバッジは権力の証しとして用いられ、高官が頭に乗せる冠には黄金のセミのバッジがつけられていた。
露を飲むばかりで食べることをせず、ひとり高所で鳴いているセミは高潔のシンボルであり、理想の君子像を体現した昆虫とされていたからだ。
また、同時にセミは、カマキリなどの外敵から狙われ迫害される虫ともされ、政権がめまぐるしく代わり、陰謀が渦巻く政治の世界で、自分の周囲は敵だらけという当時の官僚にとって、自らを重ねあわせる虫でもあったという。
本書では、セミのほかにもチョウやアリやホタルやハチやバッタについても言及。虫にまつわる逸話を通して、中国人の自然観や死生観、倫理観などをうかがい知ることができる。(大修館書店 1800円+税)
「セルデンの中国地図」ティモシー・ブルック著 藤井美佐子訳
オックスフォード大学のボドリアン図書館で発見された中国の古地図。セルデンの古地図と呼ばれるこの地図は、中国本土を中心として描かれる通常の地図と違い、南シナ海を中心としたアジア全土を網羅した構図で描かれており、その芸術的な美しさや歴史的な価値はいうまでもなく、当時としてはかなり正確に作られた精巧なものだった。
中国研究者である著者は、これがかつての中国の貿易を示す地図であること、そしてセルデン自身が国際海洋法の生みの親であることに気づき、すっかり魅了されてしまう。海洋史を変えるほどの影響力を持ったセルデンの地図がどこで生まれ、どんな人々の間をわたってオックスフォードまでたどり着いたのか。
スチュアート朝イングランド、香料貿易で欧州各国の対立の舞台となった香料諸島、東インド会社が商館を置いた鎖国前の平戸、さらには明代の中国に至るまで、ひとつの地図がたどった冒険の物語を丁寧にひもといている。(太田出版 2800円+税)