価値相対主義が思考停止を生んでいる
「50オトコはなぜ劣化したのか」香山リカ著 小学館新書 2016年6月
かつて「新人類」と呼ばれた世代についての優れた考察だ。
〈相対主義は、60年代から70年代にかけて主に文化人類学や社会学などの学問の分野でひとつの流行となり、その後、日本の知識人にも大きな影響を与えた。価値相対主義、文化相対主義などとも言われる。/そしてその影響を受けたエッセイストやライターも相対主義的な文章を雑誌に書くようになり、結果的に80年代前後に学生時代を送った50オトコは、この相対主義の洗礼を知らないあいだに受けているのである。/だから50オトコはよく、犯罪を見ても「断罪している私たちの側にも問題があるのだ」などといったことを言う。/しかし、「どっちの意見にも一理ある。ここは両方を尊重し、自分はどちら側と言わないことにしたい」といった態度は、単に思考停止でしかない。〉
選者は1960年1月生まれで現在56歳なので50オトコの「ど真ん中」にいる。
確かに周囲を見渡すと香山氏の指摘は当たっていると思う。ただし、自分自身については、若干、価値相対主義的なところもあるが、自分の立場ははっきりさせる傾向が強い。ただし、自分の立場に固執することはない。「絶対に正しいものはある。ただし、それは複数ある」という発想をしているからだ。
なぜこのような同世代と異なる行動様式をとるのであろうか。自分の場合、同世代の人々と経験を異にする部分があるからだ。具体的にはバブル経済とポストモダン思想の嵐を経験していない。それは選者が1986年6月から95年3月まで外交官として英国とロシア(ソ連)にいたためだ。
知的、人間的に、多くの事柄を吸収する20代後半から30代前半だ。選者はこの時期にせっけんが欠乏し、砂糖を配給券で買うような極端に物が不足するソ連末期の社会を体験した。思想的には、ナショナリズムが国家を根幹から揺さぶる実態を見た。こういった原体験の差が作家になった現在も、同世代の50オトコに自分が同化できない理由になっているのだと思う。本書を読んで、自分に何が欠けているのかを自覚することができた。★★★(選者・佐藤優)