決起しない“社畜”たちを揺さぶる内部からの告発本
「住友銀行秘史」國重惇史著 講談社 1994円
「イトマンは住銀のタンツボです」
テレビ朝日の「久米宏のニュースステーション」に呼ばれて私は当時こう言った。
住友銀行は子会社化したイトマンをタンツボのように扱ってイトマン事件を惹起したと指摘したのだが、テレビ朝日のメーンバンクが住銀だったこともあって、このコメントはさまざまに波紋を呼んだらしい。
それはともかく、では「戦後最大の経済事件」といわれるイトマン事件はなぜ起こったか?
住銀は関西の雄ではあっても、それまでは決して“全国区”の銀行ではなかった。同じ旧財閥系の三菱並みの銀行にというのは住銀の悲願だったが、磯田一郎が頭取になって、竹下登らに接近し、その夢の実現に狂奔する。“闇の世界の貯金箱”といわれた平和相互銀行を吸収して首都圏進出を果たすのである。その過程では竹下に関わって「金屏風事件」なるものも起こった。
しかし、それでトップバンクの仲間入りをするのだが、磯田が後継頭取に指名した小松康は、少しは闇の勢力との関係を切ろうとする。それに対して、闇の勢力が怒って起こしたのが、住友銀行東京本店糞尿弾事件だった。東京本店のロビーに糞尿弾がバラまかれたのである。
すると、あわてた磯田は突然、小松の首を切り、闇の勢力との関係をそのまま維持しようとした。
こうした背景の中で、イトマン事件は起こったのだが、磯田自身の身内の問題もあり、それは住銀の屋台骨を揺るがしていく。
磯田ワンマン支配下で住銀再生のために用意周到にそれを覆す行動を起こしたのが著者の國重惇史だった。
私は、「プレジデント」の1989年12月号に「磯田一郎と安藤太郎」という住友の2人のドンの批判を書いたが、この本によれば、それは磯田を動揺させ、秘書室長や広報部長はカミナリを落とされたという。
しかし、私の批判はあくまでも外からの批判だった。この強烈な内部告発書を読んで改めてわかったが、國重たち内部の者にとっては住銀が倒れてしまっては大変に困るのである。それを防ぐために腐敗したドンを追放しなければならない。ところが、“社畜”と化したサラリーマンたちは容易に決起しない。この本はそんな“社畜”たちを揺さぶり、奮い立たせる特効薬となるだろう。★★★(選者・佐高信)