「BEFORE THEY PASS AWAY 彼らがいなくなる前に」ジミー・ネルソン写真、神長倉伸義訳
世界各地の孤立した遠隔地で、独自の文化を守りながら暮らす部族民たちを撮影した大型写真集。「地球上で最も辺鄙で到達しがたい場所」に足を運び、言葉も通じず、写真を撮らせたがらない彼らの信頼を得るまで、時間をかけて交流しながら撮影した珠玉の作品を収める。
北モンゴルに生きる最後のトナカイ牧夫「ツァータン」の撮影では、彼らは冬のマイナス50度になる寒さの中でポーズを取り続けることに興味を示さず、打ち解けようと雑用を手伝ってもまったく効果がなく、途方に暮れたという。状況を変えようと彼らのウオツカパーティーに参加した著者は、酔って大失態を演じ、夜中に皆で寝ていたティピ(テント)がトナカイに踏みつぶされるという事態を招いてしまう。
しかし、翌日から撮りたい写真をいくらでも撮れるようになったという。失敗によって彼らは写真家も自分たちと同じ人間だと気づき、受け入れてくれたのだ。
パプアニューギニアの東部高地に暮らす伝説的な部族・アサロの男たちは、普段はコテカと呼ばれるペニスを包むヒョウタンをつけるだけだが、敵を威嚇して追い払うときには体を泥で覆い、恐ろしい仮面をかぶってやりを振り回すことから、マッドメン(泥男)と呼ばれる。
同じパプアニューギニアの最大部族・フリや、リケカイビア部族の男たちは植物や鳥の羽などで頭を飾り立て、顔も歌舞伎の隈取りさながらのペイントで、そのファッションセンスは現代アートにも通じるような斬新さだ。
成人のためのステップとして体にタトゥーを入れるニュージーランドのマオリ、鮮やかな一枚布を体にまとい、ベンガラで赤く染めた長い髪を三つ編みにしたケニアのサンブルの戦士、男女とも花やコイン、貝殻で飾り立てた頭巾をかぶる、インドとパキスタンの係争地ラダックで暮らすドロクパ、ジャガーとワシが交わって生まれた者の末裔という伝説を持ち、細いヒモを一本(女性はヒモと葉っぱ)だけ「着」ているエクアドルのアマゾン川流域に暮らす部族「フアオラニ」など、独自の文化や風習を現代に受け継ぎ、守りながら生きる彼らの「正装」ともいえる姿でのポートレートの数々。大判カメラで撮影された一枚一枚から、誇りに満ちた彼らの気高い内面性とともに、背景に広がる荒涼とした大地に積み重なる、幾代にもわたるその歴史が伝わってくる。
31の部族をカメラに収めながら、ネルソンは彼らの中に「人間性の最も純粋な姿だけでなく、私たち自身をも再発見した」という。彼らは今を生きる私たちの「起源であり、基本とする存在」なのだ。人間とは何か、我々は何者かと読者に問いかけてくる衝撃作。(パイ インターナショナル 4200円+税)