「評伝 キャパ」吉岡栄二郎著
ロバート・キャパは、カメラを手に生涯、戦場を駆け巡った。1954年、インドシナ戦争を取材中に地雷を踏んで死亡。まだ40歳だった。伝説となった写真家をめぐる諸説、新資料、研究成果の全てを踏まえて書いた、総集編ともいうべきキャパ評伝。
中でも著者は、キャパを一躍有名にした一枚、「崩れ落ちる兵士」撮影の真相に紙数を割いている。兵士が銃弾に倒れる一瞬を捉えたこの写真は、スペイン市民戦争を取材中に撮影された。これはヤラセなのか? 撮影地点はどこか? 取材に同行していた女性写真家ゲルダ・タローが撮ったのではないか? 兵士は足を滑らせただけではないのか? この写真には疑義が付きまとった。
真相を知るゲルダが、前線で味方の戦車にひかれて非業の死を遂げ、キャパ自身もこの写真について多くを語らなかったため、謎が残された。
しかし、その後の研究で、この写真の真実が明らかになっていく。撮影地点はアンダルシアの小さな村、エスペホの丘。実際の戦闘ではなく、市民兵の訓練を撮影したものだった。キャパとゲルダは、ファシストに立ち向かうために、力強い一枚が欲しかった。兵士たちはカメラに向かって勇敢な姿を見せたがった。ゲルダは構図を演出し、兵士を走らせる。キャパがカメラを構える。その時、丘の下から銃声が響き、兵士は崩れ落ちた。撮影に参加しようとした仲間の兵士による不幸な誤射だった。
フォトジャーナリズムが誕生した1930年代、写真家がイメージ通りに演出することがごく当たり前に行われていたという。では、この写真は偽物なのか。もしこれが絵画だったら?
映像表現やジャーナリズムへの根源的な問いをはらんだ力作。
(明石書店 3800円+税)