「こんな建物だれがどうしてつくったの?」 ジョン・ズコウスキー著 藤井由理日本語版監修/藤村奈美訳
2000年前のローマ時代の建築家ウィトルウィウスは、建築は「フィルミタス」=強(構造の堅固さや耐久性)、「ウティリタス」=用(機能性または使いやすさ)、「ヴェヌスタス」=美(美しさ、芸術性)を体現していなければならないと著書で記しているそうだ。
本書は、この70年間に建築された優れた建築物の中から、その3つの特質をすべて備えるとともに、目を奪われるような大胆で独創的な100点を紹介する現代建築入門書である。
古くから建物を設計する際には幾何学と数学的計算が用いられてきたが、ピエト・ブロムが設計したオランダ・ロッテルダムの「キューブハウス」(1984年=写真①)は、幾何学的につくられた立方体の建物が、大地震に遭ったかのようにビルの上でかしぎ、絶妙なバランスで崩壊に耐えているかのように見える。
一方、アルミニウムで覆われた鋼鉄製の巨大な四面体の尖塔17個を並べてつくられたウォルター・ネッチ設計のアメリカ・コロラド州に立つ「米空軍士官学校礼拝堂」は、日本人の目には折り紙細工を思わせることだろう。
「角度は360度あるのだから、どれかひとつにこだわる必要があるのだろうか?」と標準的な幾何学図形の応用から抜け出したザハ・ハディド(採用が見送られた新国立競技場当初案の設計者)の「ヘイダル・アリエフ・センター」(アゼルバイジャン、2012年=表紙)は、どこかユニークで愛らしい軟体動物を連想させる。
そのほか、誰が見てもひと目で分かる木製バスケットを製造販売する会社のバスケット形をした本社ビル(NBBJ設計、1997年=写真②)、パリのエッフェル塔のような象徴的な存在を希望する施主の要望に応え設計されサウジアラビア・リヤドに屹立する「キングダムセンター」(エラーブ・ベケット設計、2002年)、そして建物自体が湾曲し、見る者を時空の歪みに放り込まれたような錯覚に陥らせるチェコ・プラハの「ダンシング・ハウス」(フランク・ゲーリー設計、1996年=写真③)など。どれも設計した建築家の発想とそれを現実化する能力に驚かされるが、それを許した建築主の度量の深さにも感服する。
ニュージーランド・クライストチャーチの紙管を使用して建設された「紙のカテドラル」(2013年)を設計した坂茂氏や、砂時計の形にくりぬかれたファサードに客を乗せたリフトが垂直に落下するアトラクション「フリーフォール」を配した高松伸氏の「ナンバ・ヒップス」(大阪、2007年)など、日本人のトップランナーたちの作品もある。
その土地のランドマークとなっているこうした建物は、スクラップ・アンド・ビルドの現代にあって、ピラミッドやパルテノン神殿のように何千年も残ることはないだろうが、記憶媒体によって時代のランドマークとして後世まで残ることは間違いない。
(東京美術 2300円+税)