「波濤の城」五十嵐貴久著
全長300メートル、11階建ての豪華客船が、整備の不備、不慮の事故、そして巨大台風に翻弄されるパニック小説である。
この手の小説の常套ではあるが、さまざまな人間の事情を描いていて、これがまず読ませる。たとえば船長の山野辺は、左遷の内示を取り消す代わりに今回のクルーズの船長を命じられる。どういうことかというと、種子島にカジノを造る計画があり、本土から種子島へのフェリー航路を独占したいという会社の事情がある。その鍵を握るのが鹿児島県選出の衆議院議員石倉で、今回のクルーズに乗船している。つまり石倉の便宜を最大限はかるというのが山野辺に与えられた使命なのだ。
というわけで、地元鹿児島に少しだけ寄り道したいという石倉の要望を山野辺は聞かなければならない。たとえ不慮の事故が起ころうとも、台風が来ようとも。
自殺志願の乗客から、訳ありの暴力団員、二度と事故は起こさないと誓っている船員まで、さまざまな人間たちのドラマがこの物語の背景にあるが、作者はそれを巧みに整理して怒濤の後半に突入する。どうやって巨大な船は沈没していくのか、そこから人はどうやって脱出するのか。その迫力満点のディテールが圧巻だ。
これは、高層ビル火災を描いた「炎の塔」に続く女性消防士・神谷夏美シリーズの第2弾で、3部作の最終編は地下街火災を描くようだ。できれば早く書いてほしい。楽しみである。
(祥伝社 1700円+税)