「僕の母がルーズソックスを」朝倉宏景著
朝起きたら母親が17歳の女子高生になっていた――というところから始まる物語だ。前日までは普通の母親だったのに、「あんたさ、マジでどこの誰?」と睨まれたら、16歳の潤平は驚くしかない。どうしたんだ芽衣子さん(潤平は母親を名前で呼んでいる)。「ちゃんと答えなきゃ、刺すよ」と包丁を握りしめて睨んでくるから、わけがわからない。
中身が女子高生になっただけで、外側は39歳のままだから、鏡を見て「何、何なの、この顔!」と芽衣子さんはびっくり。最初は17歳の彼女がタイムスリップしてきたのかと思ったが、解離性健忘というのが医者の診断。つまり、17歳から昨日までの22年間の記憶を喪失してしまったと。原因はわからないと医者も言う。
こうなると、芽衣子さんが記憶を取り戻すまでの話かと思うところだが、そうはならないのが面白い。芽衣子の17歳の日々が始まるのである。街のあちこちにペイントするグラフィティライターのグループと知り合って過ごした青春の日々を、芽衣子は少しずつ思い出していくのだ。渋谷の街を舞台に、カラーギャングに追われて逃げた夜のこと、グラフィティライターの仲間たちと笑い転げた日のこと、そうしたことが徐々に蘇っていく。
つまり、何が楽しくて生きているのかわからず、うざいなあと思っていた母にもそして父にも、輝いていた日々はあったのだ。これはそのことを潤平が発見するまでの物語だ。 (講談社 1600円+税)