「吃音 伝えられないもどかしさ」近藤雄生氏
自分の意思に反して言葉が詰まり、なめらかに話すことができない「吃音」。日本では推定100万人がその問題を抱えているといわれるが、いまだメカニズムは解明されておらず、確かな治療法もないまま、追いつめられ、命を絶とうとする人すらいる。本書は、そんな深刻な現実と誠実に向き合い、丹念に取材を重ねた渾身のルポだ。
「人間が生きていく上で、他者とのコミュニケーションは欠かせないものですが、その一端が断たれてしまうのが吃音最大の難点です。“他者が介在する障害”であり、当事者は伝えたいことが伝えられないというストレスの中で、毎日を生き続けなければならないのです」
吃音の症状は大きく3つに分けられ、「僕は」とひと言発するだけでも「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ」のように繰り返す「連発」、「ぼーーくは」と伸びる「伸発」、「……(ぼ)くは」と最初の音が出ない「難発」がある。執筆にあたっては、80人以上に取材を敢行。彼らの声を丁寧にすくい上げている。
「吃音ではない人からは、スムーズに言葉を発せない“だけ”に思えるかもしれません。しかしそこに、当事者が感じる苦しみとの大きなギャップがあります」
名古屋で歯科医院を開業する竹内さんは、勤務医だったころ患者への治療の説明にひと苦労した。彼の吃音には「そうですよねーー」など語尾を伸ばすことで話しやすくなるという特徴があった。しかし、他の医師に「軽く聞こえるから、その話し方はやめろ」と注意され、一気に話せなくなってしまったという。著者が長年取材を続けている高橋さんは、小学校に入学し自己紹介のとき、「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ」と言葉に詰まり、クラスのみんなに笑われた。そのとき初めて“自分の話し方は恥ずかしいのだ”と実感し、やがて不登校になった。高校生になる頃にはほとんど何も話せなくなり、毎日死ぬことばかりを考えるようになったという。
「最近の研究では、発話に関係する脳の部位に器質的な要因がある可能性が指摘されています。一方で、生活環境なども無関係ではないようで、症状の度合いもさまざまであることが、吃音の問題をより複雑なものにしています」
著者自身も子供の頃から吃音に苦しめられてきた。駅で「両替お願いします」、コンビニで「肉まんひとつ」。そんな簡単な言葉が詰まって出てこない。東京大学大学院を修了したが就職も断念。ところが30代を目前にしたある日、旅先で突然吃音の症状が軽減し、やがて言葉に詰まることがなくなったという。
「私の吃音は体調や状況によって発しにくい言葉と発しやすい言葉がありました。ハンバーガー屋で『テリヤキ』と言えず、欲しくもないのに言いやすい『チーズバーガー』を頼むことで吃音の症状が出ないようにするといった具合です。そうやって、常に意識し続けることも、相当なストレスでした」
取材中、著者は重度の吃音者に「私の吃音はすぐにそうと分かる重い症状ですが、近藤さんは一見分かりにくい吃音だからこそのつらさもあったでしょうね」と言われたことが、強く印象に残っているという。読み進めるのが苦しくなるような重い現実もつづられている。しかし、だからこそ本書は多くの人の手に取られるべきだ。
「誰もが、他者には容易に理解し得ないさまざまな悩みや葛藤を抱えている。吃音者の苦悩を知ってもらうだけでなく、そんな想像力を持つきっかけになるよう、本書が役立てばうれしいですね」
(新潮社 1500円+税)
▽こんどう・ゆうき 1976年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。ノンフィクションライター。大谷大学、京都造形芸術大学非常勤講師。著書に「遊牧夫婦」「遊牧夫婦 はじまりの日々」「旅に出よう」など。