「ポトスライムの舟」津村記久子著
1990年代初頭のバブル崩壊後、正規社員のリストラが進行する一方で、パート、アルバイト、派遣といった非正規雇用者の割合が増加している。全就業者における非正規雇用の比率は、90年の20%から2018年の38%に増加し、18年の非正規雇用者のうち女性が55・3%と高い割合を占めている。
この非正規雇用の増加はさまざまな問題を生んでいるが、08年下半期の芥川賞を受賞した表題作は、契約社員の女性を描くことでこの問題に一石を投じている。
【あらすじ】ナガセは新卒で入った会社を、上司からの凄まじいモラハラで退社し、その後の1年間を働くことに対する恐怖で棒に振った。29歳の現在、工場のラインで契約社員として働いている。薄給とはいえ人間関係が悪くないのだが、「時間を金で売っているような気がする」と思った途端に、なんとか生き永らえている自分という生の頼りなさに吐き気がしてしまう。
そんな彼女の目に入ったのが世界一周のクルージングのポスター。費用は163万円。計算すると彼女の年収とほぼ同額。工場でのすべての時間を世界一周という行為に換金できる――。この考えに魅せられたナガセは節約生活に入るが、大学の同級生のりつ子が、旦那と別居して子連れでナガセ宅に居候することで計画は崩れ、ナガセ自身もこれまでの無理がたたって倒れてしまう……。
【読みどころ】併録の「十二月の窓辺」はその前日譚ともいうべき作品で、連日上司から激しいバッシングを受けるツガワの退職に至るまでの日々が描かれている。どちらの主人公も会社や仕事のプレッシャーを自分の弱さに転化してしまい、そこから抜け出そうともがく。身につまされつつも共感を呼ぶ。<石>
(講談社450円+税)