「Tokyo」 森山大道著
世界に知られる写真界の巨匠が東京を撮り下ろした路上スナップ集。
著者がこれまで多くの写真集で取り上げてきた新宿をはじめ、六本木や浅草、渋谷、原宿、池袋など、東京の主な繁華街を独自の視点で切り取る。
ページを開いて真っ先に目に飛び込んでくるのは、その足元から見上げたり、構造の中空から見下ろした東京タワーだ。さらに東京駅の復元された丸の内駅舎の南ドーム改札口、皇居、国会議事堂など、東京の中心に位置するスポットを「Central」と題して巡る。
どれも日本人にはお馴染みの場所であり、建造物であるのだが、独特のアングルと粒子の粗いざらざらとしたプリントのモノクロの風景は、読者の記憶の中のそれとは異なり、違和感を抱くのではなかろうか。
著者自身があとがきで、作品を見た多くの人に「令和の日本とは思えない、少なくとも21世紀の東京には見えない」と感想を漏らされると明かす。
60年前に上京して感じ入るままに見つめ、夢中になってシャッターを切った東京。当時の光景そのものがオーバーラップしてくることはないが、今も新しい時代とか、新しい世紀の街並みよりも「あの日のときめきを追い求めている」と著者はいう。
六本木のショーウインドーに置かれたキッチュなトラの人形や、路上でスマホに見入る女子高生やサラリーマン、外国人観光客であふれた築地場外の賑やかな客寄せ看板や鮮魚店の店先に並んだ魚介類。かと思えば観光客に紛れて信号待ちをする地元住人らしき老人、渋谷の街角で見かけた通行人の着る扇情的な女性をデザインしたTシャツ(写真①)、そして日本人も外国人も交ざった夜の新宿の歌舞伎町やゴールデン街の飲み屋街(写真②)の点景など。
繁華街の路地の奥深くにまで入り込み、東京の、そして各街の「今」を切り取っていく。
ニューヨークやパリなど、海外の都市にもそれぞれ捨てがたい魅力があるが、「東京ほど巨大で、すさまじい猥雑さを目の当たりにできる都市は、ほかにない」と著者はいう。この写真集で取り上げられるどれもが「二つとない特徴のある街を形成し」「東京とは、そんな個性際立つ街々の集合体、得体の知れない混成都市」だという。
「せんべろ」の聖地・赤羽一番街や、オタクと電脳世界が融合した秋葉原、まるでアメリカの辺鄙な土地のそれのように見えてしまう羽田空港(写真③)など。
どの場所も、東京を代表する名所で、その場所を訪ねたことが何度もあるはずなのに、作品に写る場所は初めて立った、どこか知らない場所のようにも見える。
上野の西郷隆盛のあの銅像さえ、頭の中にいる西郷さんとは別人のようだ。
著者の目に映る東京は、どこまでいっても混沌として猥雑な都市。もしかしたら、私たちの目はその表面ばかりしか見ていなかったのかもしれない。そんな読者の心の目を開かせてくれる東京歩きの「ガイドブック」だ。
(光文社 1500円+税)