「闇医者おゑん秘録帖」あさのあつこ著
江戸時代の中条流は、ホオズキの根、イノコズチやテッセンの根茎などの堕胎薬を主にする堕胎術で、多くの遊郭の遊女たちがこの術の世話になった。元は豊臣秀吉の家臣、中条帯刀を祖とする産科の流派で、時代を下るにつれ堕胎を専門にする女医を意味するようになる。
本書の主人公おゑんはまさにこの中条流。彼女にかかれば「腹の子をきれいに始末してくれて、しかも、母親の体にはほとんど障りがない」という評判の闇医者だ。
【あらすじ】お春は15歳で深川の呉服問屋、駒形屋に奉公に入り、21歳の今、若主人の聡介とわりない仲となり、逢瀬を重ねていた。どうやら妊娠したらしく、そのことを聡介に告げると、すぐさまおゑんのところへ行き堕ろすようにいわれる。
聡介は大店の娘との縁談が進んでおり、お春とのことが知られると破談になりかねない。聡介の冷たい仕打ちに打ちひしがれながらおゑんのもとを訪れると、おゑんは堕ろさずに生きていく道筋を示してくれた。予想外の提案に喜ぶお春だが、怒った聡介に階段から突き落とされ流産してしまう……。
傷心のお春は、おゑんに雇われ、共に産んではいけない子どもをはらんだ女たちの手助けをすることに。おゑんはなぜこのような仕事をするようになったのか。おゑんはお春に問わず語りに、異国人の医者を祖父に持つみずからの来歴を語っていくのだが、そこには思いも寄らないほどの壮絶な過去が秘められていた――。
【読みどころ】「女の股の間はね、女の心と結びついているんですよ。子を産むにしても闇に流すにしても、女はそこから血を流さなきゃならない。あたしはその血を忘れないんですよ」
このおゑんの言葉は、現代の女性たちの心にも真っすぐに届くことだろう。 <石>
(中央公論新社 726円)