「櫓太鼓がきこえる」鈴村ふみ著
異色の相撲小説である。なぜ異色かというと、力士が主役ではないからだ。主役は、呼び出しなのだ。しかも結びの一番で土俵に上がるような呼び出しではない。番付のいちばん下、序ノ口の取組のときに土俵に上がる呼び出しである。
本書の主人公、篤は17歳。相撲界に入ってまだ数カ月なので、相撲経験のない新弟子や、何場所たっても強くならない力士たちが名を連ねる序ノ口の取組で力士の名を呼びあげるのが仕事である。まだ場内の観客も少ない時間帯なので、「つまーんない」と言う小さな子の声が聞こえてきたりする。
篤の担当は序ノ口だけなので、呼び出しは30分もしないうちに終わってしまうが、それだけが呼び出しの仕事ではない。あらゆる雑用が篤を待っている。いちばん大変なのは、土俵築と呼ばれる土俵作りの作業だ。角界では本場所が行われるたびに新たな土俵を作るのだが、それが呼び出しの仕事なのだ。呼び出し総出で3日間、それはもう大変な重労働だ。紹介するときりがないのでこれ以上はやめておくが、そういう下積みの世界がディテール豊かに描かれていく。
もちろん力士もたくさん登場する。篤の所属する朝霧部屋は6人の力士しかいない弱小なので、力士もまた下積みの人間ばかりだが、そういう男たちの哀歓を、作者は鮮やかに描きだしている。第33回の小説すばる新人賞の受賞作だ。 (集英社 1760円)