「喰うか喰われるか 私の山口組体験」溝口敦著
ノンフィクション作家・溝口敦は、ほぼ半世紀にわたって山口組を取材。「血と抗争 山口組三代目」「山口組四代目 荒らぶる獅子」「ドキュメント 五代目山口組」など多くの本を書いた。
ヤクザの大物たちをインタビューし、ときに飲食を共にし、自宅に招かれることもあった。怯えず、媚びず、平常心で彼らに相対し、聞きたいことを聞いて、遠慮なく書いた。取材する側とされる側の垣根を越えることはなかった。
「アサヒ芸能」の記者として山口組の取材を始めたのは、3代目組長・田岡一雄が心臓病で倒れ、入院したころのこと。場数を踏むうちにヤクザに詳しいライターとして知られるようになり、組関係の人脈も広がっていった。取材体験を時系列にたどった本作は、暴力団報道史であり、書き手の視点から見た山口組通史でもある。
出版を中止しろと圧力をかけられたこともある。「若い者が何をするかわかりませんよ」と脅されたこともある。実際、著者は仕事場を出たところで暴力団関係者に刺され、入院。さらに、著者の仕事とはまったく無関係の息子に対する刺傷事件が起きた。「やり方が陰湿で、暴力団の風上にもおけない」と憤り、実行犯について組長の使用者責任を問う民事裁判を起こして戦ったこともある。
それでも、あとがきで「50年間、私は山口組を相手に遊んでいたのではないかという気がする」と著者は書く。日本を代表する暴力団・山口組を憎むべき敵、壊滅すべきものと言い切れないものを心の内に感じているという。
組織と個人がぶつかり合い、潰し合う凄惨な姿も見た。しかし、気持ちが通い合うと感じた親分もいた。反社会的勢力として絶滅の危機に瀕しながら、「男を売るヤクザ」の新しい道を手探りするリーダーもいる。彼らはこの先どうなるのか。取材相手の人間くささを伝える筆に、シンパシーがにじむ。
(講談社 1980円)