「完落ち 警視庁捜査一課『取調室』秘録」赤石晋一郎著
ロス疑惑、連続幼女誘拐殺人事件、地下鉄サリン事件……。さまざまな重大事件を解決に導き、「伝説の刑事」と呼ばれた元警視庁捜査一課刑事・大峯泰廣の回顧録。
大峯は昭和23(1948)年生まれ。いじめられっ子で自己主張が苦手な子供だった。中学生の時、テレビドラマ「七人の刑事」に夢中になり、「自分も強くあらねば」と剣道に打ち込んだ。大学卒業後は大企業に就職したが、事務作業に飽き足りず、仕事を辞め警察学校に入学。派出所勤務、所轄署の刑事を経て、33歳で憧れの警視庁捜査一課に配属された。
30年にわたって犯罪捜査に邁進した大峯は、「落としの天才」でもあった。取調室で重大事件の犯人と対峙し、巧みな心理戦で完落ちに追い込んでいく。たとえば89年8月9日。大峯は4畳1間の取調室で、ボサボサ髪の寡黙な青年・宮崎勤と向かい合っていた。幼女への強制わいせつで逮捕された彼はウソを繰り返していたが、大峯の追及から逃れられず、長い沈黙の後、犯行を語り始めた。彼こそ連続幼女誘拐殺人の犯人だった。
大峯がなぜ数々の犯罪者を「落とす」ことができたのか。「それは追い詰めたり、断罪したからではない。彼、彼女らの人生を丁寧に聞き出し、それを理解しようとしたからではなかったか」と著者は書く。
伝説の刑事は、地元の荒れた中学校にも出かけていった。ワルたちと語り合い、その親の話にも耳を傾けた。当時のワルの大半は社会人として自立し、今も大峯と酒を酌み交わすという。大峯はこう断言する。「生まれながらの犯罪者なんていないんだ」
キャリアの最後に、未解決担当理事官として世田谷一家4人殺人事件の再捜査に当たったが、捜査方針が組織と折り合わず、自ら警視庁を去った。ドラマ以上に刑事らしい刑事だった。
(文藝春秋 1760円)