妻の素行を疑い、困惑に追い込まれてゆく主人公

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「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」

 決まり文句というのはいわば人生の知恵の産物だろう。たとえば「禍福はあざなえる縄のごとし」。年経た者が生涯をふりかえるとき、誰しも必ずや後悔する。その失意をかろうじて救うのが、この決まり文句なのだ。若者にはわからない人生の知恵である。

 現在公開中の「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」はそういう大人の映画だ。

 英語の慣用句「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」は「俺の人生こんなもの」といった感じのあきらめ表現なのだが、たぶんそのもじりだろう。監督は「私の20世紀」でカンヌ映画祭新人監督賞を受賞したハンガリーのイルディコー・エニェディ。あのちゃめっ気と辛辣さは今も生きている。

 ある貨物船の船長が結婚を決意し、レストランで友人に「最初に入ってきた女性と結婚する」と宣言する。この思いつきがなぜか成就し、訪れた幸福な日々。ところが妻には怪しげな友人が多く、やがて船長は疑心にさいなまれ、嫉妬ともつかぬ困惑に追い込まれてゆく──。

 主人公は面白みのない男なのだが、感嘆のほかない色彩設計と緩急自在のカット割りが洒脱な寓話を描き出し、主役のオランダ人男優ハイス・ナバーが頼もしく物語を牽引する。相手役はヒラメ顔のフランス人女優レア・セドゥ。おへちゃの小悪魔を上手に生かした監督の目がいい。

 妻の素行を疑う夫の物語は古来少なくない。代表格はシェークスピアの「オセロ」だが、本作はトルストイの「クロイツェル・ソナタ」を思わせる。「早春のことだった。わたしたちは二昼夜も汽車の旅をつづけていた」で始まるのは原卓也訳「クロイツェル・ソナタ/悪魔」(新潮社 539円)。「いいえ、そんな時代は終わりましたわ」と作中の女がいう。まるで今の時代がみずからの過去を悔やんでいるように、というのはうがち過ぎだろうか。 <生井英考>

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