著者のコラム一覧
柚月裕子

1968年、岩手県生まれ。2008年「臨床真理」で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。2013年「検事の本懐」で第15回大藪春彦賞、2016年に「孤狼の血」で第69回日本推理作家協会賞受賞。著書に「慈雨」「盤上の向日葵」など多数。

第二話 立場的にあり得ない(14)顔だけじゃなく、頭もいいわね

公開日: 更新日:

 貴山は丹波からもらったリストのなかから、由奈と表面上の登録のみの関係ではなく、実際に親しくやり取りをしていた人をピックアップしたという。

 貴山は画面を閉じて、自分の胸ポケットに携帯を戻した。

「とりあえず十人選びましたが、このなかにキーマンがいなければ、次に関係性が深いと思われる十人をあたります。そうしていくのが、一番早い方法かと」

 涼子は改めて、貴山の頭の良さを痛感した。

 涼子が病院に入ったのは、いまから二時間ほど前だ。丹波からメールが届いたのが、涼子が車を降りてすぐだとしても、たったそれだけのあいだに、二百名を超える人物から由奈と親しくしていたと思われる人物を上位十名に絞るなど、IQ140は伊達ではない。素直に称賛する。

「あなたは顔だけじゃなくて、頭もいいわね。いい男」

 褒められても、貴山が喜ぶ様子はない。むしろ不機嫌な顔で言い返してくる。

「その手には乗りませんよ。あなたが私を褒めるときは、なにか裏があるに決まっています」

 涼子はぎくっとした。図星だった。狭い車内を眺めながら、口ごもりながら言う。

「いえ、ほら、そのいい男がこんな車に乗ってるなんて、どうかなと思って。フェラーリのローマとまではいかなくても、もうちょっと似合いそうなのがあるんじゃないかな」

 いま、涼子たちが乗っている車は、中古の軽自動車で走行距離は十万キロを超えている古いものだった。この時代に鍵は昔の差し込むタイプだし、ギアチェンジはマニュアルだし、シートはボロボロ。ヘッドライトはくすんでいるし、ボディはいたるところに擦り傷やへこみがあった。本来なら廃車になるところを、貴山がタダのような値段で購入したのだ。

 前の車を手放したからこれからこの車を使う、と聞いたときはショックで倒れるかと思った。涼子は車が好きだ。好みなのは、余計な装飾がなく、性能がよく、機能美に優れているものだ。運転が楽なものもいいが、涼子が求めるものはそこではない。ハンドルを握ると地面の抵抗が感じられ、エンジンの回転数が一気に跳ね上がる感覚。そこを持つ車が涼子にはたまらない。

 しかし、貴山が買ってきたのは、それと百八十度違うものだった。上水流エージェンシーの経営が赤字のいま、すべての経費を削らなければいけない、という。

 古い車は燃費が悪いし、故障したら修理費がかかることを建前にして、もっと状態がいい車にしたほうがいいと抵抗したが、貴山は首を縦に振らなかった。赤字を解消して黒字に転換し、マロのために設備を整えるのだと言ってきかない。

 貴山はマロのことでは絶対に引かない。ここで揉めて事務所をやめられたら大変だ。致し方なく、涼子は気にそぐわない車を使うことにした。しかし、乗っているとやはり気が滅入る。今回も、自分で運転してきてもよかったのだがその気になれなくて、貴山に運転を頼んだ。

 涼子の目論見に気づいたらしく、貴山は険しい顔で涼子を睨む。

「そんな高級車が買える状況ではありません。それに、まずはマロの快適な暮らしを確保することが先決です。車の購入の検討はそれからです」

「買い替えるつもりがあるの?」

 涼子は貴山に身を乗り出した。

 (つづく)

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