「シン・中国人」斎藤淳子氏
「シン・中国人」斎藤淳子氏
「ここ20年で中国人は大きく変化したのに、日本では人民服で自転車に乗り、不潔なトイレを使い、安い賃金で働くみたいな80年代のイメージを持ったままの人がいます。そのうえ最近は中国というと政治や経済などの重い話題になりがちで、今の中国人の姿が誤解されたまま修正できず、もどかしく思っていました」
本書は、北京在住歴27年の著者による最新の中国人リポート。今どきの中国人は何を考え、何に悩み、どんな人生を歩もうとしているのか。中国人の面白さも大変さも経験した著者が、恋愛と結婚を切り口に、公の媒体では表現されない普通の中国人の内なる声に迫った。
「文化大革命の余波を受けて苦労を強いられ、倹約家で勤勉な今の80代と、改革開放で経済的な豊かさを享受した子世代の今の50代とは、価値観も金銭感覚も異なります。その上、改革開放後に始まった一人っ子政策の影響もあり、恋愛や結婚観に大きな違いができたのです」と著者。
■離婚届のクーリングオフから「寝そべり族」まで
改革開放世代は文革世代の親と異なり日本のアニメや映画などの海外文化も積極的に取り入れ、好奇心も旺盛だった。このため、親の価値観に合う結婚を選ばなくなったというのだ。さらにその下の世代には、恋愛も結婚もせず立身出世の競争からも降りる「寝そべり族」も登場している。
「さらに特徴的なのは、彼らは繊細かつ潔癖症であることです。便器に肌が触れるのを嫌って和式トイレしか使わず、他人と過ごすことに気まずさを覚える。とてもデリケートな中国の新人類、シン・中国人なんです」
結果、そうした世代が選択する恋愛や結婚は、かつてとは全く違う様子を見せ始める。
たとえば2000年から20年間で離婚率は3倍に急増し、政府は慌てて「冷静期」と呼ばれる届け出後、一定期間内に撤回が可能なクーリングオフ制度まで用意せざるを得なくなった。出生率も日本以上に下がり、21年度の出生率は0.752%と過去最低を記録。少子化問題も深刻で、中国では日本の30~50年分の変化が、この20年間に圧縮して起きたというのだ。
「本書でインタビューした日系企業のキャリアウーマンは、結婚について北京籍と学歴、経済条件をクリアした上で次のステップに進むと合弁会社設立の手順のように淡々と説明してくれました。結婚は契約だから、夫のスマホの暗証番号を教えてもらうのは当然と言ってはばからない。激しすぎる変化の中で、恋愛や結婚が一家を支えるためのファミリービジネス化しているような印象も受けました」
ほかにも、理想の人が現れないなら無理をして結婚しなくてもと言う男性や、無理やり結婚を仕切ろうとする親に子どもがやさしい嘘をつく話なども本書に登場する。
「中国人に押しが強いイメージを持っていた人や、自分たちとは違う特別な人のように感じていた人も、彼らの本音を知れば、今までの中国人観が一変するかもしれません。アニメなどのコンテンツを通して、日本に親しみを感じる中国人は日本人が思うよりも多く、世界で中国の日本語学習者数だけが唯一増えている現象も起こっています。本書に登場する中国人のリアルな姿を通して、中国人を複眼的に考えていただくきっかけにしていただければうれしいです」
(筑摩書房 946円)
▽斎藤淳子(さいとう・じゅんこ ライター。米国で修士号取得後、北京に国費留学、JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、北京を拠点に幅広いメディアに寄稿。共著書に「夫婦別姓-家族と多様性の各国事情」「在中日本人108人のそれでも私たちが中国に住む理由」などがある。