「シニア右翼」古谷経衡氏

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「シニア右翼」古谷経衡著

 あちこちでヘイトスピーチを繰り広げるネトウヨに、どんなイメージを持っているだろうか。遠目から見れば、彼らはニートや非正規労働者で、教育レベルの低い若者かと推測するかもしれない。しかし、それは全くの誤解で、その中心は50歳以上の高学歴シニアだ。

 本書は、2010年に保守論壇にデビューし、一時は「右翼と同じ釜の飯を食っていた」著者が、内側から見た右翼の実態を解き明かした書だ。

「僕は保守論壇を三島由紀夫の楯の会のような血気盛んな若者が議論し合う場をイメージしていたのですが、実際行ってみたら中高年ばかり。それも経済的に余裕がある自営業者や定年層でした。今の若者は保守的だといいますが、今の稼ぎで安泰な生活をしたいから政権交代より今のままがいいという程度の意味で、ヘイトスピーチや差別の現場にいるのはシニアなんです」

 シニア層といえば、戦後の平和教育を享受した世代だ。なのに、なぜ突如ネトウヨ化したのか。

「普通のシニアからシニア右翼になった最初の入り口はほとんどが動画です。ある程度の知識のある人しか使えなかったインターネットが、ゼロ年代にブロードバンド時代に突入して、接触歴の低さからくるリテラシーのない大量のシニア層が無批判のまま動画視聴を始めたんですね。高速度になってから使い始めた彼らは、ネットを信頼に足る媒体と信じている。つまり、ネットの危険性について免疫が薄いんです。そして、そんな動画視聴で簡単に考え方がひっくりかえるくらい、日本にそもそも民主主義が根付いていなかった、この2点に原因があります」

戦後民主主義を「なんとなく」受容

 シニアが受容してきた戦後民主主義の大原則は彼らの中で咀嚼されることなく、「なんとなくふんわり」受容されていたにすぎない、と著者は指摘する。

 本書では、シニアがネトウヨに転向した背景として①戦前と戦後の連続②民主的自意識の不徹底③戦争の反省の不徹底④戦争記憶の忘却の4点を検証している。

「日本は戦前の体制を戦後に温存し、差別性も封建制も残したままで看板は変わっても中身は一緒。私の親は社会党の支持者でしたが、親戚の法事で女性が男性の給仕をしても何も疑問を持たなかった。進歩的だといわれる左派でさえ、人権意識が希薄で民主主義が身体化していなかった。そういう意味では右派も左派も一緒です。民主主義がいいと言われるようになったから従っただけ。戦中は鬼畜米英を叫んでいたのに、戦後に急に私は平和の戦士だと言い出した、『はだしのゲン』に出てくる鮫島町内会長が典型的です」

 戦争の反省が不徹底になったのは、満州国高官だった岸信介が戦後首相になったことと無関係ではない。敗戦国のドイツもイタリアも占領地の総統は政治の場から一掃されたのに、日本は岸を温存したことで、なぜ戦争に突入したかを体系的に考えることが難しくなった、と著者。シニア右翼の言動でコメンテーターの首が飛ぶこともある昨今、彼らの勢力を止めることはできないのか──。

「もちろん今も良心の人はいるのですが、彼らは表現しない傾向がある。しかし、そろそろ反撃に転じ自らの考えを拡散しないと。シニア右翼は情報を拡散しまくり、その言説に100万レビューがつけば自分がネトウヨ祭りに参加せずともそういう空気をつくる力になり、政治力を持ってしまう。攻撃的な言説を真似る必要はなくて、知的でプラスの言論を拡散すれば良心の人の影響力が大きくなる。無駄だと思わずに、ぜひ声を上げてほしいですね」 (中央公論新社 990円)

▽古谷経衡(ふるや・つねひら) 1982年生まれ。立命館大学文学部史学科卒。令和政治社会問題研究所所長。「左翼も右翼もウソばかり」「日本を蝕む『極論』の正体」「毒親と絶縁する」「敗軍の名将」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

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