茂木健一郎(作家・脳科学者)
11月×日 昨今の日本の、年齢で人を決めつけたり、世代間対立を煽るような風潮が好きではない。そんな論には、知性も人間性も足りないと感じる。
小林武彦著「なぜヒトだけが老いるのか」(講談社 990円)は、シニアの方々が活躍することの生物学的な意味を書く。学問をつきつめていくと、多様性の価値につながっていく。年齢も多様性の一部だろう。
11月×日 街を歩きながら、一人ひとりの思いや志と、社会の需要やマーケットの関係について考える。両者の整合性を求めて模索していくのが表現者の姿だろうし、そんな工夫はすべての仕事につながっていく。
小川哲著「君が手にするはずだった黄金について」(新潮社 1760円)を読みながら、この直木賞作家が常に新しい境地に挑戦し続けていることの意味について考える。「小川さんからはこんなジャンルの小説」という期待を裏切ることの凄さと難しさ。今回の短編連作は、きっと作者の魂の真芯に一番近いところから生まれているのだと思う。
11月×日 人間の脳は日常の経験からさまざまなことを考える。人工知能には統計的な分析はあっても、身体化された経験がない。雑多にも見える日々の出来事から、抽象的な思考に至る人間の心のドラマは素晴らしい。
東浩紀著「訂正可能性の哲学」(ゲンロン 2860円)は、現代の私たちが切実に感じざるを得ない問題から、哲学の本筋に至る思考を示して読者の心を動かす。
人間は間違うものである。毎日のように報じられる不祥事は、私たちの人間観を狭くしてはいないか。年齢と同じように、人の振る舞いも本来多様である。同時代的な関心が、カントやヴィトゲンシュタインといった哲学者が取り組んできた根本問題につながる読書体験は最高のものだろう。
ネットの文章を読むのも良いが、本は脳への滋養としてはより良質である。1冊の本には、作者の人生が凝縮している。日本人が読書好きである限り、この国には希望があると思う。