「理由のない場所」イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳
「理由のない場所」イーユン・リー著 篠森ゆりこ訳
チョコレートクッキーの箱を手にした私が、近所の人が去っていくのを見ているこの場所で、16歳のニコライが「お母さん」と言った。彼がこう呼ぶのは、かまってもらえないときだけだったから私は驚いた。「あなたにそう呼ばれるのがどれだけ好きか、話したことなかったね」と私は言った。ニコライは「まさかここで会うとはね」と言い、「私たちどっちかのしわざ」と私は言った。この場所は明日、どこかになり、昨日どこかだったが--今日は決してどこかではない、どこでもないところという場所だ。わたしがここに来られる理由のひとつは、時間と縁を切ったからだ……。
16歳の息子を自死で失った著者が、その悲しみと向き合いながら、亡き息子との対話をつづった比類なき作品。
(河出書房新社 1100円)