「透析を止めた日」堀川惠子著
「透析を止めた日」堀川惠子著
夫・林新はNHKでドキュメンタリー番組を制作していたプロデューサー。妻・堀川惠子はノンフィクション作家。2人の結婚生活は、夫の腎臓病との闘いの日々だった。
結婚当時、夫はすでに9年間にわたって血液透析を受けていた。週3回、早朝からクリニックで4時間にわたる透析を受け、そのまま出社。番組制作の現場でハードな仕事をこなした。
しかし、剣道で鍛え上げた体も長年の透析に耐えられなくなり、最後の手段として、実母からの生体腎移植を選択する。80歳近い母から提供された腎臓は50代の息子の体内で9年間働き続け、力尽きた。生きるために透析を再開したが、その先には苦痛に満ちた未体験ゾーンが待っていた。
体が萎えても、痛みにさいなまれても、夫は仕事への意欲と生きる希望を捨てない。そんな夫に24時間寄り添いながら、妻は少しでも穏やかな死を願うようになっていく。
ところが、緩和ケアは主にがん患者のためのもので、終末期の透析患者は対象外だと知って途方にくれた。
2017年夏、夫は苦しみの果てに息を引き取った。妻は最愛の伴侶が死に向かっていくさまを記録、見届けた。
その後、悲嘆の中からなんとか立ち上がり、本業である取材者として透析医療の現場を訪ね歩く。透析患者の緩和ケアに取り組む医師や研究者、看護師に出会い、穏やかに家族を見送った人たちの話を聞いた。閉ざされていた暗闇に小さな光が見えた。
つらい体験をした妻と冷静なジャーナリスト。両方の目線で書かれたこの異色の医療ノンフィクションは、必死に生きた夫婦の物語でもある。精いっぱい、自らの生をまっとうした夫、それを全力で支えた妻の姿に胸を打たれる。
本作はこれまで黙殺されてきた終末期の透析医療の現実を明るみに出し、問題提起している。日本に34万人以上いるといわれる透析患者とその家族、そして透析医療関係者にとって、極めて重要な一冊となるに違いない。 (講談社 1980円)