ジャルジャル福徳が作家デビュー“胸キュン”筆致の実力は?

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■秀逸な空気の描き方

 作者が最も秀逸なのは“空気の描き方”だろう。日常というのは、取るに足らない瞬間の連続だ。ただ、後から思い出してみるとそれが二度とはない、特別な瞬間だったという経験は誰しもがあると思う。小西行きつけの喫茶店「ため息」での桜田さんとの初デートや、山根と喧嘩して絶交するシーン、銭湯「めめ湯」の深夜バイトでのさっちゃんとの会話。登場人物同士の掛け合いによって、その時その場に漂う“空気”が立ち上がり、気が付けば、読み手も登場人物たちの忘れがたく特別な瞬間に立ち会っている感覚を味わう。さらに物語後半の、さっちゃん、桜田さん、小西、3人それぞれの長ぜりふは圧巻だ。恐らく作者が身を引き裂いて紡いだであろう言葉が、素晴らしい間の取り方と、関西弁の心地いいリズムで切実に語られる。芸人として体得した技術が遺憾なく発揮され、作者が人生の中で磨き上げた宝石のようなもの、そのきらめきを目にすることができる。

 その分、随所に出てくる小西のおばあちゃんと、桜田さんのお父さんの名言シリーズには鼻白んでしまった。死者による格言は強い力を持つが、あまり頻繁に出てくれば作者の手抜きに見えてしまう。直接的な言葉で片付けず、もっともっと“空気”を描いてほしかった。2作目を楽しみに待ちたい。 (ライター・阿部洋子)

▽阿部洋子(あべ・ようこ)1986年福島生まれ。ライター。出版社で書籍、ファッション誌の編集を経て、2016年からフリーランス。現在、文芸誌、ファッション雑誌などを中心に活動する。

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