年間143万人死亡の多死社会ニッポンでなぜ「在宅診療」は普及しないのか
住み慣れたわが家で最期を迎えたい。年間143万人が亡くなる多死社会にあって、そんなささやかな願いが日本ではかなわない。その技術がないからでも、医療機関が儲からないからでもない。現に、日本は高度な医療技術が必要とされる新薬の開発品目数で世界第3位を誇る医療先進国。国は1981年の往診料を皮切りに、「寝たきり老人在宅総合診療料」(92年)、「24時間連携加算」(98年)などさまざまな管理料や加算点数を新設し、莫大な費用をかけて在宅医療支援を行っている。にもかかわらず、なぜ日本人は自宅で最期を迎えられないのか。
常時1000人超の在宅患者を診察し、年間200人の看取りを行う「しろひげ在宅診療所」(東京・江戸川区)の山中光茂院長に聞いた。
「国は20年近く前から『地域包括ケア』という言葉をつくり、『病院から地域へ』というフレーズで、病状が安定している患者さんたちを病院から在宅へと誘導してきました。そのために診療報酬を『在宅診療』分野へ厚くすることで、在宅診療所や訪問看護ステーションも増やしてきました。それでも、在宅で最期を迎えることのできる方々はわずか13%。まったく増えていません。家で最期を迎えたい人が6割もいるのに、思いが満たされるのは、わずかしかいないのが現実です」
なぜ、在宅医療の利用者が増えないのか。山中院長は「ちゃんとした在宅診療があまりにも少ないから」という。
「在宅診療をうたいながら、看取りはもちろん、急な発熱や体調不良といった軽い症状でも救急車などを呼ばせて急性期病院に任せる“なんちゃって在宅診療”が実に多い。本来の在宅診療は、がんの末期や難病、重度精神障害など高度に専門性の求められる分野において、どれだけ重い病気でも、安易に救急搬送するのでなく、患者さんが愛する自宅で人生を完結させる気概が求められます。ドラマなどで見られるような、大きな病院につなぐまでのスーパードクターによる緊急対応とはまったく意味が違います」
在宅診療の基本は、「24時間365日」。「病院に行けない重症度の高い患者」を在宅において「看取りまで」を医療的にケアすることだという。そのため、在宅医療の現場で働く医師らは高度な技術と人間性が求められる。
「在宅診療を真面目に行おうとするほど、緊張感の中で、患者やその家族の痛みや苦しみ、葛藤と向き合い続けることになります。病院は、医療従事者のホームタウンなので、多少傲慢なドクターがいても『しょうがないわね、お医者さまだから』で済まされがちです。しかし、在宅診療では決して許されません。患者の『ホーム』であるため、患者やその家族は病院のような圧迫感や緊張感を感じることなく、言いたいことや聞きたいことを口にします。在宅診療する側は、それを受け止め、病状だけでなく生活環境、介護体制、金銭面での不安、家族の看取りへの思いなど、いのちの周りにある幸せや痛みに寄り添い続けていくことが求められるのです」