年間143万人死亡の多死社会ニッポンでなぜ「在宅診療」は普及しないのか
患者側の「適切な選択」ができない
「在宅診療」の医師らが求められる医療技術の範囲も広い。たとえば、がんの末期への対応であれば、麻薬の管理から褥瘡に対する外科的な処置など、多様な専門性と医療技術が必要となる。
「在宅医療は病院に通院できない状態を前提としています。ですから病院と同じことが在宅でもサポートできるだけの医療技術を備え、それを高める努力も必要なのです。ところが、在宅診療の実態や課題については、政治、地方行政、メディア、中核医療機関、地域住民の間でも十分理解はされていません。その結果、真面目に在宅医療に携わる医療機関と安易なフランチャイズのような経営をする医療機関の区別がされずに患者側の『適切な選択』もできない状態にある。非常に残念です」
山中院長がそんな厳しい在宅医療現場を志す原点になったのが、アフリカでの医療体験だという。
「20代の頃にアフリカで巡回医療をしていました。住民全体の40%以上がHIVに感染しており、エイズで亡くなる大人が多く、大勢の孤児がいました。当初は、孤児が集団で過ごせる施設を考えましたが、子供たちは『両親と過ごした思い出のある家で今後も過ごしたい』という。ハッとしましたね。他人から見ればもっとステキな住み心地がいい病院や施設などの環境があっても、やっぱり住み慣れた『家』で過ごしたい、それが国や時代を超えた人としての『幸せ』なのだと気づかされたのです」
▽山中光茂(やまなか・みつしげ) しろひげ在宅診療所院長。1976年、三重県松阪市生まれ。慶応大法学部、群馬大医学部卒業後、アフリカで医療活動に従事。2009年、松阪市長に当選。全国最年少市長(当時)となる。現在、末期がんなど重度の在宅患者を1000人以上診察し、年間200人以上の看取りを行う。昨年、在宅診療をモデルにした「小説 しろひげ在宅診療所」を出版。