あの日の記憶は断片的で…あべ静江さん突然の脳梗塞を振り返る
あべ静江さん(俳優・歌手/71歳)=脳梗塞
「脳梗塞」で緊急搬送されたのは今年3月でした。頭痛などの予兆もなく、自分ではどこにも異変を感じていなかったのに、マネジャーが「何かいつもと違う」と気づいてくれたことで大事に至らずに済みました。
あれはテレショップ番組の収録日でした。朝10時30分から本番がスタートするため8時にはスタジオ入りなので、早めにマネジャーが自宅まで迎えに来る段取りでした。この日の記憶は写真のようにところどころ断片的で、言われたことや発した言葉はまったく覚えていません。これからお話しするのは後からマネジャーから聞いた話です。
朝4時ごろ、目覚まし代わりの電話をしても私が電話に出なかったのが異変の始まりです。何度目かの電話には出たけれど、語尾が聞き取りにくく、少しろれつが回っていない印象を持ったそうです。
その後、自宅に迎えに行くと、いつもなら「おはよう!」と笑顔で挨拶するのにムッとした顔のままで、やけに不愛想。おまけに、メークでいきなりシャドーに使っているブラウンを顔全体に塗り始めたんですって。タクシーの中でどこか痛いのかと気遣うマネジャーに、「大丈夫よ」とそっけなく返事をしたそうです。まったく記憶にないんですけどね。
私の異変をマネジャーが気づき、かかりつけ医に訴えると、先生から電話で「脳梗塞の疑いがあるから救急搬送した方がいい」と連絡があったそうです。すでにスタジオは本番直前でしたが、番組プロデューサーに医師の電話をつなぐとすぐに収録は中止となり、救急車を呼んでくれました。
コロナ禍で1時間ぐらい搬送先が決まらなかったけれど、病院に運ばれて検査をした結果、「両側視床の脳梗塞」と診断されました。視床は記憶や情報処理に関係する脳の一部だそうです。でも、もともと忘れっぽくて、今日は何日かといったことにも興味がないものだから、入院中に先生から毎日「今日は何年何月何日ですか?」と聞かれても、あやふやで心配させてしまったかもしれません。トイレから病室に帰れなかったこともあったけれど、方向音痴の私にとってはよくあることなのでむしろ通常通りでした(笑)。
1カ月間入院して、血液がサラサラになる薬の点滴と、検査を何度もしていました。体の麻痺や言語障害といった後遺症は一切なかったけれども、その後はリハビリ病院に1カ月ほど入院しました。当初、先生から言われたのは4~5カ月だったので、スピード退院です。
■入院生活は居心地がよかった
入院生活でつらかったことはありません。だって3食出てくるし、シーツも替えてくれて、お掃除もしてくれるでしょう? 自分では何にもしなくていいんですもの。居心地がよくて、ずっと上機嫌でした。ちょうど桜の時季だったので、散歩中はいい花見もできましたしね。一度だけ、たまたまその近所に会社がある友人が私を見つけ、おしゃべりもできました。
退院した翌日からラジオの収録の仕事があり、1週間後には2日連続でコンサートに出演しました。ソロコンサートではなかったので、歌仲間たちがフォローしてくれて無事に務められました。そのとき、ふと脳梗塞で亡くなった西城秀樹さんのことを思い出していました。晩年、西城さんとステージでよくご一緒したんです。私はなんの後遺症もないけれど、自分が脳梗塞になってみて、やっと西城さんのつらさがわかった気がしました。
救急搬送された日は3連休の初日だったので、もしあの日あの仕事がなかったら、連休明けにどうなっていたかわかりません。
今は2カ月に1回、検診に行っています。じつは今回の入院で不整脈が見つかりまして、心配した弟(三重県在住)の希望で「ICM(植え込み型心電図記録計)」を胸に埋め込みました。長期的に心電図を記録するという機械です。ボールペンのキャップのような形状で、触ればわかるけれど痛みや違和感はまったくありません。わが家に受信機のような遠隔モニターがあって、私の心電図が常に病院でチェックできるようになってるんです。すごいですよね。
埋め込み手術は10分ぐらい。耐久年数は3年ぐらいと聞いていて、その後どうするのかはよくわかりません。
私はこれまで病気知らずでした。胃腸の検査は1年に1回、血液検査は2~3カ月に1回、必ずやっていて、脳ドックも5年前に受けて異常なし。それでも脳梗塞になるものなんですね。
脳梗塞後、変わったことはスマホやタブレットなどの細かい作業が激減したことです。もともとデジタル機器の扱いが得意で面倒くさければ面倒くさいほど好きだったのに、病後はなぜか面倒くさいと思うようになったんです。病気をする前の3分の1ぐらいしか触っていないかな。あとはなるべく歩くようにしています。食事は鍋料理を楽しんでいます。ひとり暮らしの栄養補給には一番いいんじゃないかしら。
(聞き手=松永詠美子)
▽あべ静江(あべ・しずえ) 1951年、三重県生まれ。子役時代を経て短大時代からラジオのパーソナリティーに。73年に歌手デビュー。「コーヒーショップで」「みずいろの手紙」などのヒット曲がある。女優としても活躍し、現在は東海ラジオと八王子FMでパーソナリティーを務めている。来年、芸能生活50周年を迎える。
■本コラム待望の書籍化!「愉快な病人たち」(講談社 税込み1540円)好評発売中!