天野篤
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天野篤順天堂大学医学部心臓血管外科教授

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

「ステロイド」を使っている患者の手術は細心の注意が必要

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 アレルギーは心臓手術にとって“障害”になると、以前にもお話ししました。花粉症、アトピー性皮膚炎、小児喘息の既往、食物アレルギー、金属アレルギーなど、何らかのアレルギーがある患者さんを手術する際は、通常の場合よりも細心の注意が必要になります。術中に極端な血圧低下を来すアナフィラキシーショックというアレルギー反応を起こすと、全身のショック状態から循環の維持に難渋し、手術の進行を妨げられることになるからです。

 アレルギーがある患者さんの手術を行う場合、手術で使う薬や機材を該当するアレルギーに抵触しないようなものに変更します。

 また、アレルギー反応を起こしにくくするために、免疫抑制剤の「ステロイド」を前もって必要な量だけ点滴で投与してから、あらためて手術に臨むケースもあります。

 今回はそのステロイドと手術について詳しくお話しします。ステロイドというのは副腎で作られる副腎皮質ホルモンのひとつです。多岐にわたる作用があり、薬としては「免疫抑制作用」と「抗炎症作用」を目的に使用されるケースがほとんどです。膠原病(全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、全身性強皮症など)をはじめとする自己免疫疾患、アトピー性皮膚炎や気管支喘息といった炎症性疾患などに対して大きな効果が期待でき、患者さんのQOL(生活の質)の向上や維持をもたらす優秀な薬です。その発見は約90年前で、発見に関わった3人の学者が1950年のノーベル医学・生理学賞を受賞したほど画期的なものでした。

 さまざまな病気に効果を発揮する分、肥満やムーンフェース(満月様顔貌)、糖尿病、骨粗しょう症などさまざまな副作用のリスクもありますが、近年は、本当に必要な場合に必要な量だけを使うという適正使用が厳密に行われる標準治療ガイドラインも作成され、症状緩和のためには欠かせない重要な薬という立場は変わりません。

 ただし、日頃からステロイドを使用している患者さんの心臓手術を行う際には、細心の注意が求められます。先ほど触れたように、ステロイドは免疫を抑制するので、そのままの状態で手術すると、感染抵抗力の低下から術中や術後の感染症リスクがアップしてしまうのです。

 とりわけ、ブドウ球菌が“悪さ”をする状況を招く危険があります。ブドウ球菌は、人間や動物の体表面に常在している細菌ですが、ステロイドの使用で免疫が抑制されていると、感染を起こして肺炎、心内膜炎、骨髄炎などを発症させるリスクがあるのです。

 また、ステロイド常用者では多くの抗菌薬に耐性を持った「MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)」に変化しているケースがあり、抵抗力が落ちている患者さんに感染すると、産生される毒素によって敗血症からの重症感染症による多臓器不全を招く場合もあります。さらに、MRSAは傷口での院内感染を引き起こす最大の原因で、感染すると閉じた傷口が開いて膿を持ち、敗血症を起こして3分の1が亡くなってしまうほど深刻な耐性菌です。

 ほかにも、長期にわたってステロイドを使っていると副腎が萎縮してしまうため、たとえば急激なショック状態になったときに回復が悪くなるなど、すべての生体反応が鈍ってしまいます。

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