医療安全をマスターしていない医師は医療を行ってはいけない
前回、心臓手術で発生するリスクがある「空気塞栓」についてお話ししました。手術の最中に心臓内に空気が入り込み、その空気が大量に血管内に侵入して脳の血管に詰まることで、脳梗塞や半身麻痺、意識障害などを引き起こすトラブルです。冠動脈に詰まって心筋障害が起こるケースもあります。
心臓を切開する手術では、どうしても空気が入り込みます。ですから、患部の処置が終わった時点で“空気抜き”は欠かせません。前回お話ししたように、現場ではさまざまな方法が実践されています。それらの対策をきちんと行っていれば、空気塞栓によるトラブルは発生しません。しかし昨年5月、兵庫県立こども病院で、心臓手術を受けた男児が術後に空気塞栓による脳梗塞を発症し、重い後遺症が残る医療事故が起こりました。
外科医であれば、こうしたリスクがあることは、誰もがわかっているはずです。それでも、空気抜きを徹底せずに不十分なまま手術を終わらせてしまったのは、手術に携わった医師たちに、「患者さんの心身を守る」という医療における一丁目一番地である医療安全に対する意識が欠けていたからといえるでしょう。「患者さんを守る」ための医療安全は、大学病院だけでなくすべての医療機関にその教育や研修が義務づけられていて、全医療従事者が共通の課題として向き合う大前提であり、医療事故を防ぐ重要なシステムになっています。