愛子天皇待望論と国連の「皇室典範改正勧告」が悠仁さまの大学入試に与える影響とは
■お茶の水女子大と筑波大の間で「提携校進学制度」が結ばれた時期
国際的にも「愛子天皇」の可能性にスポットが当たった16年は悠仁さまの進路に関係した大きな動きがあった。同年9月、お茶の水女子大と筑波大の間で「提携校進学制度」が結ばれたのだ。両校の付属校に在学する生徒は成績や学力検査が基準に達すれば、互いの付属校に進学できるというもの。18~22年度の5年間を対象とする時限立法的な制度だった。
「当時、お茶大付属小学校4年の悠仁さまの進学を前提につくられた制度であるのは明らかでした。背景に紀子さまの焦燥があった。宮内庁はお茶大に密使を送り込み、制度締結にこぎ着けたんです」(前出・同庁OB)
悠仁さまは当初、中学から筑波大付属に進む計画だったという。しかし17年12月、眞子さんと婚約した小室圭さんの母の金銭トラブルが発覚。その後、騒動はますます大きくなり、悠仁さまの筑付中への進学は見送られた。
ここで特権的な制度によって難関中学に入学すれば、世間がどういう反応をするか。秋篠宮家へのバッシングがさらに強まるのを恐れたのである。結局、この制度は高校進学の際に使われることになった。