「センスが悪い」ってモラハラじゃないの? かつての「センスがいい人」はどこに…

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コクハク

デザイナーにとっては死活問題

 コミックや書籍など数々の表紙デザインを手がけてきた元・装丁デザイナーの山口明さん(64)。多忙な現役時代を経て、56歳の時に仕事中心で働く生き方をドロップアウト。現在は悠々自適な老後(?)を送りながら、還暦過ぎの童貞として注目を集めています。

【プロ童貞・山口明の「気になるアレ」】

 56歳でリタイアするまで本の装丁デザインを生業にしてきたんだけど、現役のデザイナー時代に人から「センスが悪い」なんて言われたら、仕事を続けられなくなるレベルの死活問題。センスってデザイナーにとっては生命線なワケですよ。

 まぁ、オレくらい図々しくなると「このスペシャルなセンスは常人には理解できないのかしら?」くらいに思えるけど、世の中ナルシストばかりじゃないからね。

――普通に生きていても「センスが悪い」なんて言われたら地味に傷つきます…。

 そうだよね。無防備な場面で他人から「センスが悪い」なんて言われたら立ち直れないし、瞬時に反論もできないと思う。そもそも「センスがいい」という言葉自体がよく分からないからね。定義が曖昧でつかみどころがないんだよ。

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センスは数値化できない

 最近、千葉雅也先生の「センスの哲学」を読ませてもらったんだけど、この本では「ものごとをリズムとして捉えること、それがセンスである」と語られている。少し抽象的にも感じるけど、哲学者がつかみどころのない概念を言語化するとこんな表現になるのか〜と唸ったよ。

 だいたいセンスって数値化できないし、その本質を誰にでも分かるように言葉で説明するのは、なかなか難しい。

 オレが若い頃は、なんとなくオシャレで洗練された雰囲気の人を「センスのいい人」と一括りにしていた気がするよ。青山に住んで全身を海外のハイブランドでコーディネイトしている人がいたら間違いなく多くの人が「あの人はセンスがいい」と言っていたと思うんだけど、最近はちょっと違うよね?

――誰もが憧れ、「マネしたい!」とは感じないかもしれません。

 いまだったら「成金趣味でセンスが悪い」と思う人もいるだろうし、むしろ蔵前とかに住んで、古着やファストファッションにハイブランドを組み合わせた“ハイ&ロー”のミックススタイルを着こなす人を「センスがいい」と感じる人が多いんじゃない? 受け取り方は十人十色なんだよ。

「センスが悪い」はモラハラ?

 世の中が成熟して、さまざまな価値観や美意識が混在するダイバーシティなんて呼ばれるこの時代、センスという言葉自体が個人の趣味嗜好、形骸化していると思うんだ。

「センスがいい」「センスが悪い」とか、もともと明確な基準があるワケじゃないし、個人の感性や“好き嫌い”の間題だよね。

 だとしたら、他人に向けられる「センスが悪い」なんて発言は、紅茶が好きだという人に「オレは紅茶よりコーヒーが好きなんだから、おまえもコーヒーを好きになりやがれ!」と乱暴なことを言っているのと同じ。モラハラの類なんじゃないの?

 だから、もし人から何か言われても「この人とは好みが合わないのだなぁ」と受け取ればいいし、不愉快に感じたら「それってモラハラですよ!」と言い返せばいいと思うんだ。

――実際に言い返すかどうかは別として…そう考えると心を強く持てそうです。

 額面的にでもすべての人が「自分の価値観で好きに生きていいですよ」とされる世界は確かに素晴らしいけれど、当然のように混沌とするし分断も起こる。そんな空気が政治や社会情勢だけでなく、流行や美意識に影響を及ぼしていてもおかしくないよね。

 だけど、すべての人が方向を同じくする全体主義的な世界も危うい感じがするから、ある意味では“分断された世界”こそが健全で正しいのかもね。皆さんDOなのYO!! 次回もお楽しみに。

(聞き手・箕浦恵理/コクハク編集部)

【童貞のつぶやき(おまけトーク)】

 センスが単なる趣味嗜好ならば「趣味が悪い=センスが悪いとはならないのか?」なんて声が聞こえてきそうだね。

 それについては、1964年にカリスマ批評家のスーザン・ソンタグが当時のヒップな若者たちを虜にした論著「<キャンプ>についてのノート」で「悪趣味という趣味の良さ、なるものも存在するのである…趣味が悪いからこそ趣味が良い、といったこの発見は、きわめて解放的なものになりうるだろう」と語っている。

 まさに多様な感性や美的感覚が並列に存在する“何でもあり”な時代を予見していたといえるよね。死後20年を経たいま、スーザン・ソンタグが再注目され、クリステン・スチュワート主演でその生涯が映画になるみたいよ。公開されたら観に行こうかな。

(山口明/プロ童貞・現代アーティスト)

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