どこが横綱なの? 日馬富士と鶴竜の「耐えられない軽さ」
この2人を見ると、「横綱」の定義がわからなくなってくる。
大相撲九州場所5日目、横綱日馬富士がなりふり構わぬ相撲で白星を手にした。立ち合いで勢とぶつかるや、すかさず横に変化してからの上手投げ。勝つことだけに徹したその姿には、批判をも恐れない鬼気迫るものがあった。
日馬富士は3日目に横綱として42年ぶりとなる「勇み足」で敗北。不甲斐ない負け方が尾を引いたのか、4日目も栃煌山に2日連続となる金星を配給してしまった。先場所はケガで途中休場。成績次第では進退を問われかねない今場所の序盤で2敗と、後がなかったのは理解できる。が、勝つのが精いっぱいの力士が「横綱」というのだから、ファンもため息をつきたいはずだ。
一方、ファンから関心すら持たれていない横綱が鶴竜だ。この日は結びの一番で宝富士を寄り切り、白鵬と並ぶ5連勝。しかし、会場は一向に盛り上がらない。
結びの一番で立行司が軍配を返して「時間いっぱい」となった時、館内は普通、期待と興奮の歓声に包まれるもの。それが鶴竜にはない。つまり、勝とうが負けようがファンは興味がないのだ。
かつての横綱は抜群の強さと存在感があった。その意味で、現在の土俵で横綱と呼べるのは白鵬だけかもしれない。