打たれて「ホラ見てみい」士気下げた長嶋監督のベンチワーク
ピンチでソワソワ癖の長嶋監督「逃げてるぞ、打たれるぞ」
51年、守備・走塁および作戦担当コーチに昇格した黒江氏はベンチ内では監督の隣に座るようになって、あることに気付く。
「長嶋さんは相手チームの攻撃時にすごく怖がりになる。(ダイエー時代の)王監督もそう。ピンチで投手が振りかぶるとベンチの隅に隠れてしまう。あれだけの大打者だったので、相手バッターが打つ時は勘が働くし、自軍投手が弱気になっていることもわかるのでしょう。長嶋さんはピンチになるとソワソワする。投手がボール球を2球続けると<逃げてるぞ、打たれるぞ>って声も出すから相手ベンチが笑うし、控え投手はブルペンに逃げていく。投手コーチの杉下(茂)さんなんて監督から離れて立っていますから(笑い)。そして実際に打たれると<ホラ、見てみい>と、私の太モモをたたくのです。『監督の悪い予感はよく当たるから、打たれる前にマウンドへ行ってくださいよ』と言ったら『おまえが行け』と怒鳴られました」
黒江氏は口が過ぎて長嶋監督を怒らせたこともあった。
「納得できない采配だったので、試合後監督室に行って<あの作戦はどういう意図でやられたのですか?>と質問すると、長嶋さんは顔色を変えて<いいからやればいいんだよ!>と珍しく声を荒らげました。次の日、監督はこういう作戦をやりたかったのではないかということをメモにして渡しました。長嶋さんは手紙を読む時、右手の人さし指で字を追う癖がある。指を動かしメモを読み終えると<何だ、わかってたんじゃないか>と言われてホッとしたものです」
長嶋監督は就任2年目に優勝。3連覇を逃した53年に黒江コーチは退任する。
「長嶋さんに<片腕としてよくやってくれたけど、球団の考えなんだ。申し訳ないが辞めてくれ>と。私は涙ながらに<片腕の黒江を切るなら私も辞めますと、なぜ言ってくれなかったのですか>と訴えました。むちゃなことを言ったものです」
6年に及んだ第1次長嶋政権の優勝は2度に終わった。