スポーツ文化評論家・玉木正之氏が憂う“勝利至上主義” 「ただの強いだけの阪神なんてオモロない」
勝ちゃええ風潮は間違っている
──人生幸朗師匠のギャグとは懐かしい。
だから、今年のタイガースらしくない勝ち方では熱狂は望むべくもない。一番腹が立つのは、七回までパーフェクトを続けていた村上頌樹投手を、あとアウト6つで岡田監督が降板させたことです。
──4月12日の巨人戦、村上はプロ初勝利のかかったマウンド。完全試合で初勝利を達成すれば日本球界初の快挙でした。
選手たちも「投げさせろ!」と声を上げなきゃ。大エースの江夏は延長十一回をノーヒットノーランに抑え、自らのバットでサヨナラホームラン。「野球は一人でもできる」と言い放ったとの伝説を残した。決して懐古主義ではなく、それがタイガースらしさっちゅうもんでっしゃろ。ファンも怒らないかん。
──むしろ「夕刊フジ」が当日観戦した虎ファン101人に聞くと、6割が賛成。「個のロマン」より「全員の勝利」を追求する岡田野球を支持しました。
アホくささの極みやね。虎ファンまで勝ちゃええ野球を尊ぶなんて。勝ち負けを超越した面白さを理解できないのは野球の見方が枯れている証拠。勝たなければ誰も評価しない。WBCの侍ジャパンも優勝したから騒がれた。準決勝で村上の逆転打が出なかったら、あんな打てないやつをなぜ代えない、どうしてバントさせないんだと栗山監督への非難が渦巻いたはずです。
──SNS上には、ひいきチームが負けたファンによる采配批判があふれ返っています。
采配批判は勝利至上主義の上に成り立つ。采配なんて気にせず、選手が自分の考えで勝手に動けばいいんです。
──岡田監督だって現役の頃は送りバントのサインが出ても、わざと失敗して決勝本塁打を放つなどオモロい選手でした。
でも、早大野球部やからなあ。
──根底には飛田穂洲さんの「一球入魂」の精神野球の系譜とエリート意識があるのかも。
とにかく、勝ちゃええ風潮は間違っています。慶応高校のエンジョイベースボールも優勝したから注目されたけど、勝たんでも評価すべき。世の中には勝つことよりも大事なものがある。それを実感できるのがスポーツ本来の醍醐味です。
──近年の阪神はドラフト戦略も成功。常勝軍団になるかもしれません。
ただの強いチームになって球団サイドは何をしたいの?甲子園球場を中心に人々をひきつける街をつくろうとか、野球文化の発展に資する話は聞こえてこない。強けりゃええ、負けても儲かればいいと「万年2位」と呼ばれた時代の発想から抜け出せずにいる。日本の球界全体に言えますが、誰がリーダーシップを取り、どんな未来のビジョンを持っているのか。26球団から30球団に増やしたメジャーリーグのような道筋がさっぱり見えません。
──むしろ球団消滅、1リーグに向かいかけました。
メジャーのように文化としてもビジネスとしても野球を発展させる必要があるのに、誰も球界全体の利益を考えない。35年ほど昔、ドジャースのオーナー補佐だったアイク生原さんは、日本の球団幹部の主語は「Ⅰ」だけ、「We」がないと嘆いていましたが、進歩ナシ。野球の競技人口はどんどん減っているのに、まるで危機感がない。
──大谷選手が活躍し、球界の話題は次は誰がメジャーに行くかばかり。もはや、選手の供給源です。
Jリーグ発足時にチェアマンだった川淵三郎さんが面白いことを言いました。記者に「Jリーグをつくって何をするつもりですか」と聞かれると、「サッカーします」と答えたんです。いまだプロ野球界は親会社の宣伝から離れられず、「野球やります」「野球の面白さを示したい」と当たり前のことを誰も言えない。創設当初は文化としての野球の公共性を意識していたはずなのに。
──と言いますと?
公共の野球文化を育てるため、球団は「公共企業」が持たなければダメという考えがありました。実際、新聞、映画、電鉄の「御三家」と呼ばれた公共企業を中心に出発。69年にロッテが球団を持つ際は「私企業」でもいいのかと問題視されたほど。でも、新聞社の方がよっぽど勝手。朝日の高校野球も、読売にとっての巨人も、新聞を売るため。企業野球に過ぎません。親会社の商売と切り離せないから、巨人の横暴や真夏の甲子園を批判せず、健全なジャーナリズムを放棄している。モノ言えぬ風土はジャニーズ事務所と同じです。
■昔は社会党、今は維新
──かつては巨人が権力や権威、偉そうなやつらの象徴で、阪神はそれに対抗する無二の存在でした。
今はそんな上等なものじゃなく、数ある企業野球の中に埋没しています。それを物語るのが、今回の熱狂なき優勝です。
──過去に「野球政治学」というパロディーで巨人を自民党、阪神を万年野党の社会党になぞらえました。今の阪神は?
さしずめ、日本維新の会かな。維新躍進で関西人の気概も、どこかおかしくなったし。阪神まで保守化してどうすんねん! 責任者出てこーい!
──維新は「第2自民党」を目指すそうですが、阪神も「第2巨人軍」になりつつありませんか。
さすがに、そこまでは堕ちていないと信じたい。あの美しい「阪神タイガースらしさ」を愛したファンとしては。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)
▽玉木正之(たまき・まさゆき)1952年、京都市生まれ。東大教養学部中退。ミニコミ出版の編集などを経て、フリーの雑誌記者に。82年「月刊現代」に「阪神ファンは奇人変人マゾ集団」を発表し、署名原稿デビュー。日本で初めてスポーツライターを名乗る。音楽、映画、演劇の評論も手がけ、多くのテレビ番組に出演。「タイガースへの鎮魂歌」「クラシック道場入門」「スポーツとは何か」など著書多数。