初のエロチックハードボイルドを書いた椎名誠氏に聞く
空と海と太陽が似合う作家・椎名誠が、初めてエロチックハードボイルド小説を生み出した。新刊「EVENA(エベナ)」は違法薬物をめぐり、男たちが奔走するクライムノベルだ。登場人物全員悪人。ダークな世界観の中に垣間見える人間臭さはユーモラスでもある。着想の源は意外なところにあったようだ。
今作は、著者自身も新たな試みだったという。
「過去作に多い、私小説やSFでもない。主人公のおれが何者か、場所がどこなのか、いつの時代かもわからない、非常に曖昧な世界でね。自分でも把握していない(笑い)。時間軸をクロスさせながら展開したり、一人称で他視点を描く、まあ実験です。だから書いてて楽しかったですね、自由で」
主人公のおれは、田舎町の寂れた酒場にいる。違法薬物「エベナ」をかじり、酒で流し込む。雨の中トラックを運転中、突如飛び出してきた男を避け、多重追突事故を起こしてしまったのだ。物語はそこから始まり、予想外の方向へ転がっていく。エベナとは架空の薬物ではなく、実在するそうだ。
「チリのアタカマ高地を旅したときに聞いたんです。毒でもあり薬でもある、樹木と土を混ぜるハーブの一種で。調べたら、中毒になるとLSD系の幻覚がくるらしい。おれはやったことないから、LSD経験者に取材したんだけど、すべてが複雑に歪んで絡み合い、スピード感が常人と違って見えるんだと思う。取材しなきゃこんなバカな話書けないからね(笑い)」