著者だけが知るロッキード事件の真実
「田中角栄を葬ったのは誰だ」平野貞夫著 K&Kプレス 1600円+税
ロッキード事件で逮捕されるべきは田中角栄ではなかった。当時、衆議院議長前尾繁三郎の秘書をしていた著者はそう断言して、逮捕を免れた者の存在を明らかにしていく。その過程はまことにスリリングでドラマチックである。この本は2006年夏に出された「ロッキード事件――葬られた真実」(講談社)の改訂新版だが、そこに書かれた衝撃的事実に触れて、田中逮捕から30年目の同年7月27日付の「朝日新聞」に次のような記事が載る予定だった。しかし、著者は担当記者から「上司の指示で掲載しないことになりました」という電話を受ける。ゲラ刷りになったその記事の写真が載っているが、ロッキード社のエージェントとして21億円ものコンサルタント料を受け取った児玉誉士夫の証人喚問が関係者によって握りつぶされたという指摘から始まる。児玉と最も近い政治家は当時の自民党幹事長、中曽根康弘である。著書によれば、児玉の証人喚問が決まった直後に、児玉の主治医だった喜多村孝一が「症状から国会出頭は無理」と発言し、激怒した前尾が国会から医師団を派遣する考えを示した。それで不出頭届が出され、国会が医師団を派遣する。
その直前に喜多村が助教授の天野恵市に、「児玉様のお宅に行ってくる。医師団が来ると興奮して脳卒中を起こすかもしれないから、そうならないように注射を打ちに行く」と話し、睡眠作用のあるフェノバールとセルシンという薬と注射器をカバンに詰めて東京女子医大病院を出たという。
国会医師団をいつ派遣するかも決めていない段階で、それらをすべて把握し、コントロールできるのは中曽根以外いなかった。児玉が証人喚問ですべて話せば、まちがいなく破滅するのも中曽根である。だから中曽根は児玉の喚問に最初は反対していた。それらの事実を挙げて著者は記者にこう話している。
「事件では全日空ラインばかりが槍玉に挙がり、児玉氏が絡み、防衛庁がロッキード社から次期対潜哨戒機を約3500億円で導入した防衛庁ルートは解明されることはなかった。児玉氏の証人喚問が実現していれば、事件は全く違う展開を見せていたはずで、田中角栄の逮捕もなかったかもしれない」
暗殺された平民宰相の原敬は、政党の発達を妨げるものは軍部と検察だと喝破したが、先ごろ放送されたNHKのロッキード特集にはそんな問題意識はまったくなかった。★★半(選者・佐高信)