「本物の名湯ベスト100」石川理夫氏
温泉といえば、日本人はもちろん外国人にも大人気の観光地である。それだけに、温泉に関する本は百花繚乱、ちまたにあふれている。しかし、それら温泉宿選び本、温泉ランキング本に危機感を覚える、と著者はいう。
「確かに宿は温泉地を選ぶときの大きな要素です。しかし、いい宿イコール名湯とする風潮には首をかしげざるを得ません。温泉ランキング本も、一体、どのような客観的基準で選んだのか明確にされていない。このままでは、温泉地の存在意義は忘れられ、名湯の意味も理解されなくなってしまうと思ったんです」
子供の頃から温泉に親しみ、これまで約2000湯を巡ったという著者。本書がいわゆる温泉本と異なるのは、宿だけでも湯だけでもなく、全国各地に点在する“温泉地”を学術的な見地と客観的指標をもとに100湯を選んでいる点だ。
その指標とは、①源泉の質②源泉の提供・利用状況③温泉地の街並みの景観・情緒④温泉地の自然環境⑤温泉地の歴史や文化の5つである。
「湯治の歴史が物語るように、そもそも温泉地は心と体を解放し、癒やす場所。つまり温泉効果とは景観や湯、土地の料理など場全体がもたらすものなんですね。これこそが本物の温泉力。私が温泉地をトータルで評価する理由はそこにあります。温泉地に行ったら、その土地を楽しんでほしい」
ランキングをつくるにあたり、さまざまな資料にあたった。なかでも一番大変だったのが、基本データとなる温泉地の温泉分析書集めだったそうだ。複数の宿が集まるような温泉地ではデータを取っていないところもあった。
データが曖昧な温泉地はランク外に落としてもいいが、実際にはその他の指標で高い評価がつくこともあるから困った。
「途中で『これは大変なことに手を出してしまった』と後悔しましたね(笑い)」
こうして選ばれた100湯からは、ある共通点が見えてきたという。
「名湯と呼ばれるものには大きくは2派あり、ひとつは源泉に主張があるもの。もうひとつが歴史的な成り立ちに重点があるものです。例えば前者は34位の評価をした島根の有福温泉で、今回改めてデータを読んだところ、自然湧出の源泉で今もまかなっていたことがわかり驚きました。掘削してから動力揚湯する温泉が7割以上を占める今では、貴重な温泉地です。逆に予想していたより低い評価になった名湯も。誰もが知る名湯のランクが低いのには、そう評価せざるを得ない残念な理由がある。詳しくはぜひ本書で確かめてください」
多くの温泉地を調べるなかで、これは! という掘り出し湯も見つけた。
「関東地方では湯宿温泉や四万温泉ですね。群馬にある温泉で、草津や伊香保の陰に隠れて目立ちませんが、どちらも共同浴場がある素朴な温泉地です。実はいい温泉地を見極めるポイントのひとつが共同浴場の有無。共同浴場は湯本のそばに造られていますから、新鮮かつ温泉の持ち味を楽しめます。また近隣住民が毎日掃除し、共同管理するあり方は温泉文化そのもの。おおいに評価すべき要素です」
100位の屈斜路湖畔温泉群から1位の草津まで1ページに1湯の“湯評”は読みごたえ十分。ほかにも温泉にまつわる歴史コラムなど、読めば本物の「温泉力」がつきそうだ。
(講談社 840円+税)
▽いしかわ・みちお 1947年生まれ。東京大学法学部卒。温泉評論家。日本温泉地域学会会長。著書に「温泉法則」「温泉巡礼」「温泉で、なぜ人は気持ちよくなるのか」ほか多数。