「蘇我の娘の古事記」周防柳著
乙巳の変から壬申の乱までを描く古代史小説だ――と書くだけでは、古代史に関心のない人はふーんと思うだけだろう。ところが、これほど面白い小説はそうあるものではない。王位継承の争いが続く動乱の時代を、生きる夢と希望と恋を、みずみずしく描く長編なのである。
たとえば、物語のちょうど真ん中あたりに、ヤマドリとコダマの兄妹が藤原鎌足と戦うシーンがある。蘇我入鹿の亡霊が現れたかと思うと、コダマの口から吐き出された煙に乗って、身に甲冑をまとった斉明女帝が現れる。躍動感あふれるシーンで、読んでいるだけでぞくぞくしてくる。
そうか、このシーンを真っ先に紹介すると、本書がファンタジーであるかのような誤解を与えてしまうかもしれない。違うのである。言い伝えや伝承、伝説などが随所に挿入されるとはいえ、これは徹底してリアルな物語である。にもかかわらず、この戦いが浮いていないことが素晴らしい。むしろこのシーンが挿入されることによって、物語に活気が生まれていることに留意。さらに、古事記の作者は誰か、という壮大な謎を背景にした物語でもあるので、読み始めるとやめられなくなる。超おすすめの一冊だ。
この作者は古代史小説をもう1冊書いているが、その「逢坂の六人」(こちらは古今和歌集成立の裏側を描く長編だ)も面白いことを最後に書いておきたい。(角川春樹事務所 1700円+税)