「今日のハチミツ、あしたの私」寺地はるな著
30歳のヒロイン碧が仕事をやめて、故郷に帰る恋人・安西についていく話である。彼には仕事がなく、何度勤めてもうまくいかず、故郷に戻って実家の仕事を手伝うと言うのだ。碧もいまの仕事に満足しているわけでもないので、ま、いいかとついていく。
よくある話といっていい。しかも帯には「蜂蜜を、もうひと匙」という文字がある。都会に疲れた男女が大自然に包まれる日々の中で生き甲斐を見いだしていく話、はたくさんある。またそういう話かい、と言いたくなる人がいるかもしれないが、まあ待て。そうではないのだ。物語は思わぬ方向にどんどん進んでいく。
まず、安西の父親は結婚を認めないのである。土地を貸している養蜂家の黒江から、たまっている賃貸料を取ってくれば認めるのもやぶさかではないと言うのだ。その気もないのに。それを承知で、よおしと碧は蜂蜜園に乗り込むが、すぐに解決するほど甘くはなく、どんどんねじれていく。
黒江の娘、女子高生の朝花の相談に乗ってあげたり、スナックのママあざみが洒落た店にしたいと言うと内装を買って出たり、このヒロインは思ってもいない方向で八面六臂の大活躍をするのである。
黒江の賃貸料は集金できなくても碧の行動範囲はこのように次々にひろがっていく。その間、安西は終始頼りなく、おいおい、このままではおまえ捨てられるぞ、と心配になってくる。なかなか快調な小説だ。(角川春樹事務所 1400円+税)