「水壁」高橋克彦著
東北を舞台にした高橋克彦の歴史小説は、著者のライフワークといっていい。中でも、8世紀後半の蝦夷と朝廷の戦いを描いた「火怨」、12世紀後半、奥州藤原氏の興亡を描く「炎立つ」、16世紀後半の東北を舞台に、秀吉軍と戦った奥州武士の誇りを描く「天を衝く」、この「陸奥3部作」の完成度がずぬけている。迫力に満ちたこの3作の興奮は忘れがたい。ホントに素晴らしい。講談社文庫で、2巻、5巻、3巻(全部で10巻)という長丁場だが、長い休みのときの読書にぜひおすすめしたい。
しかし高橋克彦の東北歴史小説はこれだけでなく、「火怨」の30年前を描く「風の陣」全5巻もあり、さらに今回このラインアップに加わったのが本書。これは9世紀後半の元慶の乱を描くもので、副題に「アテルイを継ぐ男」とあるように、主人公の天日子は「火怨」の主人公アテルイの血を引く者という設定である。朝廷の支配に苦しめられている蝦夷をはじめとする東北の民が、この天日子をリーダーとして立ち上がるのだ。
東北の英雄アテルイの戦いは、けっして勝たない戦いであり、しかし同時に負けない戦いであるという特殊なものであったが、天日子の戦いも朝廷を倒すための戦いではない。和議を引き出すための戦いである。だから勝ちすぎないようにする。同時に朝廷を慌てさせるものでなくてはならぬから、結構難しい。簡単なものではない。その困難をどう乗り越えていくかが本書のキモ。ぜひ一読をおすすめしたい。
(PHP研究所 1700円+税)