「永遠の道は曲がりくねる」宮内勝典氏
世界の貧困や差別を見つめ続けてきた著者の7年ぶりの新刊である。単独の作品であると同時に、「ぼくは始祖鳥になりたい」「金色の虎」に続く3部作の完結編で、本書の舞台は沖縄だ。
主人公は世界を放浪していた32歳の有馬次郎。知人に誘われ、元全学連のリーダーだった霧山が院長を務める沖縄の精神病院で働くことになった。霧山と共に心を病んだ人たちを癒やすユタの老女、ウタキ(聖地)を擁する美しく豊かな自然といった島に宿る不思議な高貴さに引かれるなか、次第に沖縄が抱える傷にも関心を持つようになる。
「書きだしたのは今から34年前。着想はさらにその数年前、僕が20代後半で、ニューヨークのスラム街に住んでいた頃です。40年近く僕のお腹で育てて、ようやく世に出た。超難産でした(笑い)」
著者は若い頃、「本を読んで知る世界は頭で理解したこと。僕は自分が体で感じたことを書きたい」と、70カ国以上を見て回った。80年代には先住民のアメリカインディアンと一緒に暮らしたこともある。それは沖縄についても同じ。16回ほど行き来し、実際に1年ほど暮らした。「そこでガマと呼ばれる洞窟の存在を知り、小説の構想が固まった」という。
有馬は、米国人との間に生まれ“島ハーフ”と呼ばれるナナミとアタルと知り合い、共に米軍基地の下に何キロにもわたって走る洞窟を訪れる。その洞窟の中で、基地で働く精神科医とその患者で、基地内で軟禁されているスー族の末裔ジェーンと出会う。やがて有馬とジェーンは恋に落ち……。
さまざまな背景を持つ人物が登場するが、彼らには想定するモデルがいるそうだ。ユタの老女は、沖縄の人が読めば「あの人ね」と分かる人物であり、霧山も実在の人物だ。
「霧山のモデルは、元全学連リーダーの故・島成郎さん。僕より上の世代は記憶にあるでしょう。島さんは日米安保条約の本質は沖縄基地問題であることに気づいたものの、阻止できなかった。そのことに責任を背負い込んで、安保闘争の後、沖縄や離島で医療活動を地道に重ねたんです。男の中の男ですよ」
ある日、老ユタの元に13人の先住民のおばあたちの集団から沖縄の「平和への祭典」開催を相談する手紙が届く。おばあたちは沖縄を経てビキニ環礁へと向かうという。
有馬は一行にジェーンを紛れ込ませて国外脱出させようと計画する。
「この小説は、経済中心の現代社会に対する抗議でもあるんです。我々は経済的に豊かになったけど自殺率は高く、誰も幸福じゃない。文化がないからです。文化があれば人は自分がいる世界を楽しみ味わえます。自分の誇りにもなります。精神分析家のフロイトが言ったように、文化は知性を強め、衝動をコントロールする。戦争の歯止めにもなるんです。先住民のおばあたちは、いわば失われた文化の象徴です」
登場人物たちの口を借りて語られる貧困や差別、有馬と宇宙飛行士ジムとが交わすメールが描き出す宇宙から見た地球など、世界の理不尽さや希望を浮き上がらせる壮大な物語だ。
「人は帰属意識があるために、領土を奪い合ったりして争うんですね。だから地球人だという感覚が根付けば国同士の戦いなんてなくなると思うんです。僕はそれを広げるために、ずっと書いてきた。だけど男は権力志向でダメね。僕は女性に期待しているんです。この本をぜひ女性に読んでもらいたいですね(笑い)」
▽みやうち・かつすけ 1944年、ハルビン生まれ。60年代から4年、80年代からの9年、ニューヨーク在住。世界70カ国を歩く。早稲田大学文学部客員教授、日本大学芸術学部講師などを歴任。著書に「南風」(79年、文藝賞)、「金色の象」(81年、野間文学新人賞)、「焼身」(05年読売文学賞)ほか多数。