悩みに効く読むクスリ本特集
「文学効能事典」エラ・バーサド、スーザン・エルダキン著 金原瑞人、石田文子訳
自然も街も季節の変わり目を迎え、いよいよ読書の秋が到来。書店での本選びも読書の楽しみのひとつではあるが、今週は悩みに効く“読むクスリ”本を4冊紹介しよう。
心身のさまざまな不調をはじめ、「恋人と別れたとき」や「結婚相手を間違えたとき」「職を失ったとき」の振る舞いかたまで、人生のありとあらゆる困難に負けずに生きる対処法を説いた生き方本。なのだが、書名からも推測できる通り、ここで症状、状況の改善のためにすすめられるのはクスリではなく、小説である。そんな医学解説書や健康本の姿を借りた異色ブックガイドだ。
尾籠な話で恐縮だが、例えば「便秘のとき」に効く一冊として紹介されるのはオーストラリアの作家、グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツの「シャンタラム」。
ボンベイのスラム街を舞台にするこの小説では、人々の暮らしはすべて衆人環視のもとで行われる。中でも、スラムの男たちの朝の排便の様子は圧巻だそうだ。海の突堤で集団で行われるその映像が記憶に刻み込まれたら「その後の一生、個室のトイレがあることに感謝し、喜んでそこで用を足したいと思うだろう」とその効能を解説する。もしスムーズに「出なくても」、この分厚い小説があればトイレで退屈せずに過ごせるだろうともいう。
その他、「ネクタイに卵がついていたとき」や「早漏のとき」など、どこまで本気で、どこまで冗談か分からぬ処方がテンポよく並ぶ。
一方で、職場で無視されたり、友人たちのイベントに誘われなかったりなど、「仲間外れにされた」と感じるすべての人々に向けて処方された、多感な12歳の少女を主人公にしたカーソン・マッカラーズの「結婚式のメンバー」など、「即効性」のありそうな特効薬本もある。
古典から現代作品まで、驚異の読書量に裏打ちされた確かな目で選び抜かれた小説的処方箋。本もまた百薬の長なのである。
(フィルムアート社 2000円+税)
「絶望に効くブックカフェ」河合香織著
絶望に効く何よりの特効薬は本だという著者が、読者の苦悩に寄り添ってくれる古今の名著についてつづった書評エッセー。
「孤独に効く本」として取り上げられるのは、子育て中の母親の孤独を描いた金原ひとみ著「マザーズ」と、1900年前のローマ皇帝マルクス・アウレーリウス著「自省録」。皇帝と若い母親の両者に自身の孤独を見た著者は、描かれている孤独の言葉は決して耳にやさしい言葉ではないけれど、細胞に酸素のように行き渡り、体を静かに温めてくれると記す。
その他、「死にたい」「恋愛」「逃避願望」に効くなど、ジャンル別に紹介される100冊が、絶望を抱える人々の生きる道しるべとなってくるはず。
(小学館 670円+税)
「死が怖くなくなる読書」一条真也著
読書にはもともと死別の悲しみを癒やす「グリーフケア」の機能があると著者はいう。
本書は「死」をキーワードに読書を重ねてきた氏が「死ぬ覚悟」と「のこされる覚悟」が自然と身につく本を紹介してくれるブックガイド。
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」とのコピーと添えられた写真に衝撃を受けたという藤原新也著「メメント・モリ」や、愛する人を亡くした人の「こころ」をここまで見事に描いた作品を他に知らないと絶賛するギャグ漫画家の上野顕太郎氏が突然亡くなった前妻について描いたコミック「さよならもいわずに」、東大教授で臨床医の矢作直樹氏が肉体の死を迎えても霊魂は生き続けると説く「人は死なない」など、読者の死生観を揺さぶる50冊を紹介。
(現代書林 1400円+税)
「死ぬほど読書」丹羽宇一郎著
ビジネス界きっての読書家で知られる伊藤忠商事前会長が、その魅力や効用、本の読み方や選び方まで説いた読書エッセー。
何かと現代人の本離れが取り沙汰されるが、ニセ情報が行き交って、信頼性の欠落というネットの陰の部分がクローズアップされるにつれ、本の価値が再び見直される時代がくると指摘。
人間にとって一番大事なのは「自分は何も知らない」と自覚することで、読書はそのことを身をもって教えてくれるという。
「なぜ?」「どうして?」と考えながら本を読めば、それだけ考える力が磨かれる。考える力は生きる力に直結するとも。
本を血肉とするにはどのように読めばいいのかなど、自らの読書体験や、ビジネスマン時代のエピソードを交えながら縦横無尽に語る。
(幻冬舎 780円+税)