著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

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 2015年の「百円の恋」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞し、翌年「14の夜」で監督デビューした足立紳は、小説も「乳房に蚊」「14の夜」と上梓している。どちらも登場人物が頼りなかったり情けなかったりして、そういう姿を読むことで読者が癒やされるという脱力系の小説だった。

 それがこの人の持ち味と思っていたが、今回書き下ろしで刊行された本書は、ちょっと異なる。主人公は小学6年の高崎瞬。塾へ行くことを強要する母親に彼は困っている。何かあると、ガバッと上着とブラジャーをめくりあげ、「これ、見なさい!ママ、こんなになっても頑張ってんだから!」と言う。この「乳がん見せつけ攻撃」もイヤだ。さらにクラス替えがあり、リーダー格の隆造と別のクラスになり、意地悪な明と同じクラスになったのもイヤだ。そういう瞬の日々が、さまざまなエピソードとともに描かれていく。

 つまり、これまでの脱力系の小説とは違って、真っすぐにシリアスなのである。もちろん、足立紳の小説であるから、文章も造形も軽妙で、その点ではこれまでの作品と変化はない。それに、「乳房に蚊」「14の夜」にもこういうドラマがあったのかも知れず、これまではそれをあえて脱力系の視点に限定していただけなのかも、という気がする。少年たちの友情と不和、それぞれの家の事情を巧みに描いて、実に見事な少年小説になっている。うまい。

(講談社 610円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

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