「山崎豊子読本」新潮文庫編集部編
もちろんのことだが、山崎豊子さんのことは大阪を抜きには語れない。
山崎さんは大阪商人発祥の船場の古い商家のご出身であり、身体これすなわち大阪である。だから山崎さんの「大阪もの」はずばぬけておもしろい。この本でも林真理子さんも「特別寄稿・大阪ものこそ面白い」で「面白い。とにかく面白い」と書いている。
まだ毎日新聞で記者をしていた頃に書きはじめた実家と同じ昆布屋の物語である「暖簾」、吉本興業の創始者の吉本せいをモデルにした「花のれん」、船場の若旦那と、彼を取り囲む女性との人間模様を書ききった「ぼんち」、5作の短編を収めた「しぶちん」。この辺りが「大阪もの」の代表であり、それに「血で血を洗うような憎悪と怨念、葛藤を繰り広げるドラマ」とご本人がそう語る長編の「女系家族」が加わる。これらが「大阪もの」であり、この読本では「第三部・大阪から世界へ 作品ガイド1」に分類されていてそれぞれダイジェストされているのが良い。
その「大阪もの」を生んだ場所については、山崎さんの実家や肥後橋、難波神社など「船場散歩」としておまけのように紹介されていて楽しい。
この本の圧巻は約40ページにわたる「第二部・山崎豊子『戦時下の日記』」である。「ああ、家は焼かれていた。先祖代々の大阪の老舗をほこる小倉屋も、一晩にして失くなったのだ」と書く通り、山崎さんの実家を含めて太平洋戦争の大阪大空襲で船場は焼き尽くされてしまう。
「もうここで遂にむしやきかと観念したが、一瞬間、静まった風の間をみて、鍋をかぶって脱出した」と書き「地下鉄の改札口にべったり坐ってうずくまる人々は、昨日までは豪華な生活をしていた船場商人ばかりなのだ」との体験をつづる日記に圧倒される。
「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」の「戦争3部作」に至るのは間違いなく、山崎さん自身のすさまじい空襲体験が根底にあってのことだ。
(新潮社 490円+税)