著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「エスケープ・トレイン」熊谷達也著

公開日: 更新日:

 自転車ロードレースが盛んになってきたとはいっても、まだまだ外国に比べて我が国の競技人口は少ない。日本ではいまだにマイナースポーツである。だから選手は大変だ。

 ロードレースの本場であるヨーロッパのトッププロの年収は億を超えるが、それは一部の選手にすぎず、多くの選手の年収は300万~400万円といわれている。ヨーロッパに比べてはるかにマイナーなスポーツに位置づけられている日本国内の事情は推して知るべし。それでも彼らが頑張るのは、自転車に乗ることが楽しいからである。

 本書の主人公、小林湊人23歳も、そんなひとりだ。大学2年までは陸上競技をしていたが(5000メートルがメイン)、右足を疲労骨折。さらに完治する前に無理をしたので、もっと重症になり、リハビリのために自転車を始めたのをきっかけに、ロードレースに転向したという経緯がある。いまは地元のチームに所属してさまざまなレースを戦っている。面白いのはこの青年、強くなりたいとか大レースに勝ちたいという野心というか、目標を持っていないことだ。

 だから、ラスト近くの心臓破りの坂を、あとさき考えず、全力でアタックする場面が印象に残る。肺が悲鳴をあげ、視界が暗くなり、もうだめだという瞬間に、突然足が軽くなるのだ。極限を超えると、新たなものが見えてくるということか。眠っていた才能が開花する、この瞬間が美しい。 (光文社 1600円+税)



【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「たばこ吸ってもいいですか」…新規大会主催者・前澤友作氏に問い合わせて一喝された国内男子ツアーの時代錯誤

  2. 2

    周囲にバカにされても…アンガールズ山根が無理にテレビに出たがらない理由

  3. 3

    インドの高校生3人組が電気不要の冷蔵庫を発明! 世界的な環境賞受賞の快挙

  4. 4

    田中圭が『悪者』で永野芽郁“二股不倫”騒動はおしまいか? 家族を裏切った重い代償

  5. 5

    中森明菜が16年ぶりライブ復活! “昭和最高の歌姫”がSNSに飛び交う「別人説」を一蹴する日

  1. 6

    永野芽郁「二股不倫報道」の波紋…ベッキー&唐田えりかと同じ道をたどってしまうのか?

  2. 7

    レベル、人気の低下著しい国内男子ツアーの情けなさ…注目の前澤杯で女子プロの引き立て役に

  3. 8

    芳根京子《昭和新婚ラブコメ》はトップクラスの高評価!「話題性」「考察」なしの“スローなドラマ”が人気の背景

  4. 9

    永野芽郁“二股不倫”疑惑「母親」を理由に苦しい釈明…田中圭とベッタリ写真で清純派路線に限界

  5. 10

    大阪万博会場は緊急避難時にパニック必至! 致命的デザイン欠陥で露呈した危機管理の脆弱さ