「競馬にみる日本文化」石川肇著
いやはや、面白い。舟橋聖一、菊池寛、吉屋信子、吉川英治ら作家たちがどのように競馬と親しんだのか、そのエピソードがてんこ盛りだ。さらに、その合間を縫うように、日本最初の競馬ミステリーが、大庭武年の「競馬会前夜」(昭和5年に「新青年」に掲載)であること。日本中央競馬会の機関誌「優駿」に初めて連載された競馬小説は、片岡鉄兵「美しき闘志」であること。井上靖にも「鮎と競馬」という競馬がらみの小説があること。遠藤周作「競馬場の女」は福島競馬場への愛にあふれた小説であること――そういう情報がどんどん飛び出してくる。
これだけでも十分に面白いのだが、圧巻は第2章「競馬場の地図絵巻」だ。これは、吉田初三郎の鳥瞰図を紹介しながら、その地の競馬場とそれに関する作家、作品を紹介するというもので、読み始めるとやめられなくなる。吉田初三郎は大正の広重と呼ばれた人で、日本各地をはじめ、戦前の外地の都市や観光名所を描いた鳥瞰図絵師である。その特徴は独特のデフォルメにあり、日本の三重を描いても、はるか遠方にハワイがあったりする。吉田初三郎に競馬場を描く意図はなかったと思われるが、日本各地を鳥瞰図で描くと、当時はそこいら中に競馬場があったので、結果的には競馬場が描かれることになる。たとえば「甲府市鳥瞰図」には昭和3年から13年まであった甲府競馬場が描かれている。
見ているだけで飽きない。快著だ。 (法藏館 2000円+税)