「八月の銀の雪」伊与原新著
地球の中心には、鉄でできたコアがある。そのコアは2層になっていて、外側は高温で金属がどろどろに溶けている。その内側は固体の球になっている。地球の中にある、もうひとつの星だ。これを1936年に発見したのは、デンマークの地震学者インゲ・レーマン。その表面は樹枝状に伸びた鉄の結晶で覆われている。外側の鉄が凍って生まれ、球体の表面に落ちていくからだ。まるで、雪のように、静かに、ゆっくり、降っていく――このイメージが鮮烈だ。
それを教えてくれたのは、コンビニで働いていたベトナム人のグエンだ。日本語を理解しているようには思えず、応対が雑に見え、さらに無愛想だから、最初はいら立っていたのだが、地球の構造を教えられてようやく気がつく。人間の中身も、地球と同じ層構造のようだ。表面だけを見ていても他人にはけっしてわからない。グエンにも、彼女なりのドラマと事情があるのだ――ということを学んでいくのが表題作である。
理系世界を描きながら、そこにすこぶる人間的な感情を投影する作品集は、前作「月まで三キロ」ですでにお馴染みだが、今回もそのライン上の作品といっていい。子育てに悩むヒロインがクジラを見にいく「海へ還る日」で明らかなように、人物造形が群を抜いているから説得力も増しているのだ、ということも急いで付け加えておく。
新鮮で、刺激的で、興味深い作品集だ。 (新潮社 1600円+税)