著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「八月の銀の雪」伊与原新著

公開日: 更新日:

 地球の中心には、鉄でできたコアがある。そのコアは2層になっていて、外側は高温で金属がどろどろに溶けている。その内側は固体の球になっている。地球の中にある、もうひとつの星だ。これを1936年に発見したのは、デンマークの地震学者インゲ・レーマン。その表面は樹枝状に伸びた鉄の結晶で覆われている。外側の鉄が凍って生まれ、球体の表面に落ちていくからだ。まるで、雪のように、静かに、ゆっくり、降っていく――このイメージが鮮烈だ。

 それを教えてくれたのは、コンビニで働いていたベトナム人のグエンだ。日本語を理解しているようには思えず、応対が雑に見え、さらに無愛想だから、最初はいら立っていたのだが、地球の構造を教えられてようやく気がつく。人間の中身も、地球と同じ層構造のようだ。表面だけを見ていても他人にはけっしてわからない。グエンにも、彼女なりのドラマと事情があるのだ――ということを学んでいくのが表題作である。

 理系世界を描きながら、そこにすこぶる人間的な感情を投影する作品集は、前作「月まで三キロ」ですでにお馴染みだが、今回もそのライン上の作品といっていい。子育てに悩むヒロインがクジラを見にいく「海へ還る日」で明らかなように、人物造形が群を抜いているから説得力も増しているのだ、ということも急いで付け加えておく。

 新鮮で、刺激的で、興味深い作品集だ。 (新潮社 1600円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「ダウンタウンDX」終了で消えゆく松本軍団…FUJIWARA藤本敏史は炎上中で"ガヤ芸人"の今後は

  2. 2

    大阪万博「遠足」堺市の小・中学校8割が辞退の衝撃…無料招待でも安全への懸念広がる

  3. 3

    のんが“改名騒動”以来11年ぶり民放ドラマ出演の背景…因縁の前事務所俳優とは共演NG懸念も

  4. 4

    フジ経営陣から脱落か…“日枝体制の残滓”と名指しされた金光修氏と清水賢治氏に出回る「怪文書」

  5. 5

    【萩原健一】ショーケンが見つめたライバル=沢田研二の「すごみ」

  1. 6

    中居正広氏の「性暴力」背景に旧ジャニーズとフジのズブズブ関係…“中絶スキャンダル封殺”で生まれた大いなる傲慢心

  2. 7

    木村拓哉の"身長サバ読み疑惑"が今春再燃した背景 すべての発端は故・メリー喜多川副社長の思いつき

  3. 8

    大物の“後ろ盾”を失った指原莉乃がYouTubeで語った「芸能界辞めたい」「サシハラ後悔」の波紋

  4. 9

    【独自】「もし断っていなければ献上されていた」発言で注目のアイドリング!!!元メンバーが語る 被害後すぐ警察に行ける人は少数である理由

  5. 10

    上沼恵美子&和田アキ子ら「芸能界のご意見番」不要論…フジテレビ問題で“昭和の悪しき伝統”一掃ムード