「製本屋と詩人」イジー・ヴォルケル著、大沼有子訳
20世紀のチェコの作家といえば、「ロボット」という言葉の生みの親で「山椒魚戦争」など痛烈な風刺作品で知られるカレル・チャペック、オーストリア支配下のチェコを舞台にした反戦風刺小説の傑作「兵士シュヴェイクの冒険」を書いたヤロスラフ・ハシェク、そしてドイツ語作家だがプラハで育ったフランツ・カフカといった名前が挙がるが、そこへもうひとりの名前が加わった。
本書の著者イジー・ヴォルケルは、19世紀末に生まれた上記3人より若い1900年生まれで、わずか23歳で夭折した詩人、劇作家、ジャーナリスト。これまでにヴォルケルの作品が日本語に訳されたのはごく限られており、まとまって紹介されるのは今回が初めて。本書には子ども向けに書いた5つの物語と24編の詩、付録として「プロレタリア芸術」に関する講演録が収められている。
中でも異彩を放っているのは物語だ。表題作は、ある町に住む詩人が、生涯の最高傑作の詩をお城にいる美しいお姫さまにプレゼントしてあわよくば結婚しようと思っていた。しかし、あまりに何度も読み返しているうちに本が傷んでしまったので、貧しい地区の製本屋に製本を頼むことに。製本屋は出来上がった本を病気の妻に読み聞かせるのだが、聞きながら妻の息は絶えてしまう。読み終わったときには、楽しい内容のはずの本に2人の苦痛が染み込んでいた。詩人は立派に仕上がった本を手にお姫さまの前で詩を朗読するのだが……。
そのほか、太陽を盗んで独り占めする百万長者の話、煙突そうじ屋さんを見かけたときにボタンを盗んで望みを呟けば望みがかなうという言い伝えを信じてボタンを盗む孤児の少年など、どの物語にも小さな者への温かなまなざしと不公正に対する強い異議申し立ての声が横溢している。
第1次世界大戦後の若々しく希望に満ちた作者の真っすぐな心が、読む者に突き刺さってくる。 〈狸〉
(共和国 2750円)