「私のことだま漂流記」山田詠美著
デビュー作となる「ベッドタイムアイズ」を書いたとき、著者は黒人軍人マックとその息子と3人で暮らしていた。しかしその実情は、前の恋人を事故で亡くし、都心での遊びにも疲れた著者が、自由を満喫したいというマックを説得し、半ば強引に同居を始めたのだった。
ある日、出かけようとするマックを力ずくで止めようとした著者は、壁にぶつかり前歯が欠ける。その夜、マックのいない部屋で思い出していたのは、亡くなった恋人のことだった。そのとき、これまで書けないでいた小説の最初の1行、「スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい──」が生まれた。
デビュー39年目を迎えた著者の自伝的小説。
かっこいいからと聖書を持って歩いた幼少期、ラブレターの代筆と売文を試みた小学生時代から、屈辱を味わった女子大生漫画家時代を前半とすれば、後半は誹謗中傷に傷ついたデビュー以後のプライベートや自著について、さらに敬愛する宇野千代に影響を受けた言葉までを、50のタイトルでつづる。
文学少女時代から、自分の感情と「言葉」に向き合ってきた著者の繊細にして大胆な半生が浮かび上がった。
(講談社 1815円)